『ミステリマガジン』2011年8月号No.666【特集 没後50周年 なぜハメットが今も愛されるのか】

 今月号から値上げです。ハメット特集。自伝的遺作「チューリップ」の前半掲載。普通小説っぽい。

「拳銃が怖い」(Afraid of a gun)は未訳だった短篇。撃たれるのが怖くて拳銃から逃げ続けて来た男オーウェンが、裏切りの疑いをかけられ、銃を向けられて……。クライマックスのストップモーションのようなシーンは屈指の名場面です。

「深夜の天使」(The Second - Story Angel -)は、小実昌訳の再録。小説家ブリガムの家に忍び込んだ泥棒は、ちょっと可愛い女の子だった。これは小説のネタになると思ったブリガムは、女泥棒を逃してやり……。軽妙な語り口とストーリーがぴったり一致した名訳でした。

「もう一つの完全犯罪」(Another Perfect Crime)は、初訳の掌篇。バンス評議員殺しで有罪になった男は、従業員全員が揃っている時間帯に、時計が一分進んでいると言って自分の存在と正確な時刻を印象づけ……。謎解きミステリのパロディ・ショート・ショートです。

 各人によるエッセイ掲載。法月綸太郎による『デイン家の呪い』評や、の諏訪部浩一による「『マルタの鷹講義』補講 成長する作家」が出色。
 

「トーキョー・ミステリ・スクール(20)」石上三登志
 戦後少年小説について。海外ものの翻案が多かったなか、「ほとんどが外国人を主人公にし、外国を舞台とした、でも子供向きの探偵小説ばかり」のオリジナル小説を書いた久米元一が面白そうです。
 

「第2回翻訳ミステリー大賞記念対談」三津田信三×法月綸太郎(司会・杉江松恋
 二人の好きな翻訳ミステリについて。

「書評など」
セイヤーズも評価したというロマンス作家のミステリ『紳士と月夜の晒し台』ヘイヤーは、むしろ意地悪コメディとして楽しめました。

『この世の果てまで、よろしく』フレドゥン・キアンプールは、その名の通り、死んだはずの男が巻き込まれる出来事が描かれています。最近の東京創元社の海外単行本は、ケイト・モートン『忘れられた花園』や、フェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』など、面白そうな作品がまた増えてきました。論創社の海外ミステリ・シリーズ最新刊は『四十面相クリークの事件簿』トマス・W・ハンシュー。これだけ聞いてもピンと来ませんが、ライオンの口に頭を突っ込む芸人がある日ライオンに咬まれる事件が起こり、その直前にライオンが笑った――という「ライオンの微笑」が含まれた作品だそうです。

ジョナサン・リテル『慈しみの女神たち』は、以前に『ユリイカ』の世界文学特集で紹介されていたのを読んで以来、翻訳を待ち望んでいた作品です。ナチスSSの将校が、かつての体験を記録につけ始めるところから始まり、戦争の様子が克明に描かれます。

城平京『虚構推理 鋼人七瀬』は、『名探偵に薔薇を』の著者による久々の小説作品。ノリは漫画原作『スパイラル』に近いのですが、「推理をメタ的に捉える視点の持ち主」である著者の本領が遺憾なく発揮された、ある意味ひねくれた作品でした。評者の福井健太氏は麻耶雄嵩を引き合いに出していますが、それもうなずけます。桜庭一樹『ばらばら死体の夜』も刊行。

◆そして国内作品では何と言っても麻耶雄嵩『メルカトルかく語りき』です。ほとんどは雑誌掲載時に読んでいたのですが、この収録順でこうしてまとめて読むことで、改めてその凄さがわかります。ノベルス版の著者のことばには「本作ではメルカトルが色々と語ってくれます。どういうわけかメルカトルは不可謬ですので、彼の解決も当然無謬です。/ あしからず。」とありました。

マルセル・ブリヨン『旅の冒険 マルセル・ブリヨン短篇集』が出てました。幻想小説ですね。大きな声では言えませんが、未知谷の本はバーゲンブック率が高いイメージがあるので、購入しようかどうか迷いどころです。

パオロ・バチガルピ『ねじまき少女』は、大森望氏ベタぼめです。大森氏のベタぼめには半信半疑なところがあるのですが、本書はまぎれもなく「ベストSF最有力候補」であることに同意します。でも伊藤計劃虐殺器官』との共通点が多い――というのは、そう…なの…かなあ。
 

「独楽日記(44) パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉」佐藤亜紀
 海賊船が大砲を撃たないところに文句をつけるあたりが佐藤氏らしいとはいえ、全体的にまっとうでふつう。

「幻談の骨法(12) 実現不可能なストーリーライン。」千野帽子
 実現不可能ではあっても「着想可能なものである」本についての夢想を語った、ボルヘスカルヴィーノやレムについて。
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  『ミステリマガジン』2011年8月号
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