『The Book of Catherine Wells』Catherine Wells,Intro. by H. G. Wells(Books for Libraries Press)

 オリジナルは1928年刊行。

 アンソロジー『鼻のある男』収録の「幽霊」で描かれていた少女の繊細な心理描写がよかったので、ほかの作品も読んでみることにしました。
 

「The Last Fairy」★★★☆☆
 ――その年老いた妖精は、衣装に身を包み、久しぶりに人間界を歩いていた。わたしたちのお婆さんが「少女用の帽子をかぶるのもこの夏が最後ね」と口にするときのような気持だった。まずはヒキガエルにする呪文を試してみることにした。馬に呪文を唱えると、脚は曲がり、鉤爪が生え、茶色い尾は色とりどりの尾になり……その「ドラゴン」は、馬丁に火を吐き、飛び立っていった。

 「fairy」とありますが、「妖精」というよりは「魔女・魔法使い」といった方が相応しいと思います。やることなすこと失敗ばかりで、お婆さんを若返らせてあげようと思って孫娘と瓜二つにしてしまったり、それを見たお爺さんに「魔女《ウィッチ》だ!」と騒がれてしまうものの、それを聞いた町の人々は双子の「どっち《ウィッチ》だ!」と困っていると勘違いしてくれたので一安心。馬丁に見つかり、「来ないで」というつもりで「Go back!」と叫んだら、逆戻しの呪文をかけてしまい、馬丁はあべこべにしゃべりながら後ろ向きに去って行き……。ファンタジー童話といったところですが、オランダを舞台にしたがゆえのオチが秀逸でした。
 

「The Beautiful House」★★★★☆
 ――メアリとシルヴィアは、散歩の途中で素晴らしい家を発見した。それは二人が夢に描いていた通りの家だった。そんな素敵な家は見たことがなかった。二人はその家をときどき訪れることにしたが……。

 ちょっとレズっぽいところもある乙女小説。幸せな二人のひとときにも、やがて男が現れて……という定番のパターンですが、やっぱりこの人は繊細で不安定な心の揺れを描くことに優れています。二人で話しているときにはあんなふうに笑わないのに……なんていう、これもある意味では嫉妬の王道なんですが。妖怪たちが家を崩壊させてゆく夢から醒めると、〈美しい家〉が燃えていた――という、すべてが終わってゆく場面の美しいこと。そしてシルヴィアからのとどめの一言。「どうせもう行かなくなってたと思うから。あたし結婚することにしたの」。

 結びの文章が印象的でした。

 突然の痛みがメアリの喉を襲った。初めは何が起こったのかわからなかった。泣くなんてことには縁がなかったから。だが張り詰めた乞うような目から、ゆっくりと涙が落ちた。
 

「The Dragon-Fly」★★★★☆
 ――テニスから戻って来た四人の男女。その後ろから男の子が一人。池に身を乗り出している。「落ちるわよ」「落ちないよ! ママ、餌はないの?」「君は動物が好きなんだな」「ママ、とんぼを捕まえた!」「図鑑には何て書いてあった?」「とんぼは水のなかに住んでる」「そいつは違うな」「幼虫のころのことなんです」「へえ、それは知らなかった」「脱皮するところなんだから、羽根が乾くまでそっとしてあげて」

 特に何かが起こるわけではないのだけれど、五人の会話が進むにつれ、なぜだろうか、この母親がどういう人間でどういう心持ちなのかがわかってくるような気になります。
 

「May Afternoon」★★★☆☆
 ――Crawshayは後見人のLacey夫人に恋をしていた。ある日、二人きりになったときに思い切って思いを告げたところ、夫人からも同じ思いだと告げられた。――でも無理なの、夫も子どももいるもの。――じゃあどうすれば? ――もう会わなければいいのよ。

 これはわりと月並みで、青臭い青年が玉砕する話です。
 

「The Ghost」(幽霊)★★★★★
 

「Winter Sunset」★★★★☆
 ――When you and I were young, dear love,/'Twas like a summer's day;/Your love poured hot into my soul/A very little way,/Like the sun into my window here/Upon a summer's day.……

 たった二聯から成る詩。季節と恋や人生を重ね合わせる王道もの。
 

「The Oculist」★★★☆☆
 ――若い男がベンチに座っている。隣には看護婦がいる。男は黒い眼鏡をかけていた。目を休めないと――医者からそう注意されたのに、若くて可愛い子と劇場に行ったのがいけなかった。痛み出した目を看た医者から告げられたのは、「左目は大丈夫ですから」という言葉だった。そういうわけで、男は黒い眼鏡をかけて数週間目を休めているのだ。

 失明するかもしれないという絶望から、思い詰める主人公。「seeing, seeing, seeing...」の繰り返しが印象的でした。
 

「The Emerald」★★★☆☆
 ――Mooney氏は見事なエメラルドを所有していたが、こんな見事なものを金庫に死蔵しておくことに疑問を感じ始めた。本当に価値のわかる人の手に渡すべきでは? そこで半ペンスのガラス玉と一緒にショーウィンドウに飾ってみた。Midgeは九歳になったばかり。通学途中に店の前を通りかかり、きれいな緑色の玉を見つけた。「これ、半ペンスなの?」

 MidgeとPeter-next-doorは学校をさぼってエメラルドで宝探しをしたりして遊びますが、水で洗おうとして排水孔に落としてしまいます。数年後、あれが本物だったとは知らないまま成長したMidgeは、ある日ふとPeter-next-doorに向かって「覚えてる? あの緑の石のこと」とたずねます。「あんなに素敵な日はなかった。あれが本物じゃなかったなんて信じられない。あたしの心のなかでは世界一きれいな――」
 

「Fear」★★★★☆
 ――女が一人、崖の上で心を決めていた。夫は許してくれないだろう。もう知っているはずだ。ポケットのなかに薬の壜を入れてきた。遠くの茂みに人影が見えた。夫だろうか。女は恐怖のあまりパニックを来たし、見られないところに移動した。朝、昼、そしてもうすぐ夜になる。女は壜の中身を飲み干した。思っていた以上の痛みに襲われる。そして――。

 暴力夫に怯える妻。恐怖からは死によってさえ逃れることはできません。みすずの『ゴースト・ストーリー傑作選』の解説で、フェミニズムと怪談みたいなことが書かれていてピンと来なかったのですが、本篇などはまさしくフェミニズムとホラーが表裏一体となった作品だと言えるのでしょう。
 

「Cyanide」★★★☆☆
 ――夫とPrestonが車で出かけた。Wuzzieは青酸カリでスズメバチを早く退治するよう使用人に申しつけた。やがて夫が戻ってきた。真っ青な顔をしている。「Prestonの銃が……いい奴だったのに」Wuzzieは悲鳴をあげて二階に駆け上がった。

「The War」★★★★☆
 ――Last night I dreamed./Stood three great Archangels with pitiless eyes/"He must be beaten out of life," they cried;/"He is War."/……

「The Draught of Oblivion★★★★☆
 ――薬剤師は顔を上げた。背の高い女性が立っていた。「入れてちょうだい、Messer Agnolo」とLady Emiliaが言った。「媚薬がほしいの」「残念ながら売ってしまいました。わたしにも製法がわからないのです」「じゃあいいわ、Messer Messagerioのところに行くから」「お待ちください。忘れ薬でしたら……」

 魔術というか、秘薬が存在している世界。忘れたい相手の名前を書いて飲み干せばその人間のことを忘れられるという秘薬。「忘れたい男の名前は誰ですか」とたずねるAgnoloに、Emiliaは女の名前を告げます。「男に飲ませたら、その女のことは忘れてしまうんじゃない?」。二か月後、げっそりした女がふたたび店に現れ……。
 →翻訳してみました。「忘れ薬」
 

「In A Walled Garden」★★★☆☆
 ――Bray家に写真家が訪ねて来たが、写真家が来ることをすっかり忘れていたらしく、夫は出かけていた。Rosalindは写真家に謝ったが、互いの美しさに二人はしばし茫然と見つめ合ったが……。

 恋も仕事も生き甲斐もないと気づいてしまった若妻の物語。
 

「The Nkeeling Image」★★★★☆
 ――One would think/That if heaven is being together/Then hell is in being apart./But there's more. For parting alone/Leaves hope, and hope is abandoned in hell./……

「Robe de Boudoir」★★★☆☆
 ――Mrs. Hannafordは町に買い物に出かけた……。

 夫に縛られて買い出しだけが密かな楽しみだった夫人が、素敵な部屋着を衝動買いしてしまいます。
 

「Everymother」★★★☆☆
 ――息子たち四人のパーティは冬山に登りに行った……。

 「幽霊」の母親ヴァージョン、といったところでしょうか。じっとしているだけに余計な空想を駆け巡らせてしまいます。
 

「April in the Wood」★★★☆☆
 ――その森には樺や柳が生えていた。ほかの森のように暗くはない。動いているのはきっと鼠たちだ。木々の緑、青い池……。

 森の魅力を綴った散文詩
 

「The Fugitives」★★★★☆
 ――It was the hour before the dawn……In an Indian Raja's palace, and I/Was some brown bit of unheeded life/Serving the Raja's new young wife,/And somehow mixed up in the sudden flight/She had made from her raging lord./……

 幻想的な物語詩。
 

「Two Love Song」
 ――Come to me yet again, and bring/your hungry heart;/Let us clasp hands again, and play/We're not apart./……

「Music Set to Words」
 ――Against the window tapping/The ivy fingers beat,/A waterspout is dripping/Cold rain on to the street./……

「Night in the Garden」★★★☆☆
 ――パーティの夜、部屋が暑くてRuthは庭に出た。庭にいたMr. Trimmerから、Ruthは愛を告げられる……。

 
 『キャサリン・ウェルズの本』


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