『Hypnotisören』Lars Kepler,2009年。
以前にミステリマガジンの未訳作品欄で紹介されていて、面白そうだから読みたかったスウェーデン作品が、去年の暮れに翻訳されました。
刊行前から20カ国以上で翻訳権が売れた、などと言われると、むしろ出来レースっぽくて眉に唾つけてしまいますが――。
ストックホルム郊外で起きた一家惨殺事件。被害者の夫婦と幼い娘をメッタ刺しにするという手口から、背後に異常な動機を窺わせた。かろうじて一命を取り留めたのは15歳の長男と、独立して家を出た長女だけ。捜査を開始したリンナ警部は、催眠療法で知られるバルク医師に少年から犯人逮捕につながる証言を引き出してくれるよう依頼するが……全世界で話題騒然、翻訳権の激しい争奪戦が繰り広げられた、匿名作家のデビュー作。(上巻カバー裏あらすじ)
というわけで、一家皆殺しの可能性を疑ったヨーナ・リンナ警部は、緊急時だと判断し、行方不明の長女を探し出して守るべく、ある事情から二度と催眠は行わないと誓っていたエリック・バルク医師に、少年の快復を待たずに催眠術をかけてくれるよう依頼し、犯人につながる証言を引き出そうとします。ところが――。
――とここまで読んだかぎりでは、ん? どっかで読んだような気が……。ああ、某漫画賞を受賞した『○○○○○』です。でもこの段階でまだ上巻の半分も進んでないし、そうなるとあとはこのまま犯人が連続殺人を繰り返してそれを警官が執念深く追いかける……みたいな展開なのかなあと漠然と思い始めましたが……。
が、ここから話は大きく動き始めます。
エリック医師は過去に浮気したことがあり、奥さんのシモーヌとの仲は今もちょっと気まずい状態。息子のベンヤミンは血液凝固異常を患っているため週に一回の注射がかかせません。
ベンヤミンのガールフレンド・アイーダは首筋にハーケンクロイツのタトゥーを入れている年上の女の子。アイーダの弟ニッケは発達障害でポケモンのファン。二人とも悪い仲間ともつながりがありそうな雰囲気なので、エリックもシモーヌも気が気ではありません。
そんななか、誘拐事件が発生。誰もが一家惨殺犯のしわざだと直感しましたが――。
殺人担当のため誘拐事件にはタッチできないヨーナ警部、夫婦げんかをしたため家を出たエリック、エリックに去られたシモーヌは元警部の父親とともに、それぞれが独自に調査を進めるにつれ、恐ろしい真実が明らかになりかけてきたようにも見え――。
エリックは手がかりを追って、自分が催眠療法をやめるきっかけとなった事件を、仕舞い込んでいた記憶の底から引っ張り出し、容疑者の所在を突き止めようとします。
案の定といいますか、エリックが催眠から距離を置いたのは、職業上の致命的な失敗が原因でした。
ここらへんまでで下巻の半分くらい。
ところがここからがかなり話が雑に――という言い方が悪ければ、辻褄よりもその場のサスペンスが主体になります。訳者あとがきで著者は「これまでとはひと味違う映画的テンポ」を持ち込んでみたいと思ったと発言しているので、雑なのではなく狙ってやっているみたいですね。
命を狙われた元警部シモーヌ・パパは、大けがもかえりみずシモーヌと二人だけで捜査を続行。それまでは散々コネを使って元部下や知り合いに連絡していたのに、危険が迫っているときにかぎって誰にも電話すらかけないという、ハリウッド的(?)作法。その後も、命を狙われたうえに大けがを負ってる父親を一人で捜査に行かせて自分は自宅にいるシモーヌ。昏睡状態の重態患者に勝手に睡眠薬を与えて催眠術をかけ手がかりを聞き出すエリック。
――とまあ細かいところでは無茶苦茶ですが、エリックが過去に行っていた催眠療法の会と、ベンヤミンやアイーダが抱えていた問題に、今起こっている事件がピタッとはまる瞬間はやはり感動的。ああ、そういうことだったのかと膝を打ちました。
トラウマや精神療法が重要な役割を担っていますが、そのわりには書き方があっさりしていてまったく深刻ぶったところがないので、余計なことは考えずにすっきり読めるのもいいところです。こういうところも、読みやすいように意識的に掘り下げていない感じです。
その他、三人称の描写とシモーヌの証言を敢えて食い違わせているところがいかにも現実っぽかったり、何かというと「ぼくの言ったとおりだったでしょう」と言いたがりのヨーナ警部がお茶目だったり、中盤で絶対悪のような不気味さをもって登場したホエルオー一味がしょぼくれちゃったり、いろいろありました。
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『催眠』(上)
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『メルカトルかく語りき』麻耶雄嵩(講談社ノベルス)、『増補版 放浪探偵と七つの殺人』歌野晶午(講談社文庫)
メルカトルは読みそびれていた「答えのない絵本」と書き下ろし「密室荘」を読む。「答えのない絵本」は連載では第一回だったのですが、収録順は四番目。この順序でこうやってまとまってから読んだ方が何がやりたいのかが理解しやすいですね。アニメオタクの高校教師が校内で殺され、容疑者はそのとき校内にいた者に限られた……論理が現実に勝ってしまった。
単行本未収録だった「マルムシ」を加えた信濃穣二全短篇。「名探偵の自筆調書」は収録されず。「マルムシ」は文章で書かれてもさっぱりわかりません。