『メフィスト』2011 VOL.3

 麻耶雄嵩のメルカトルものが新連載。綾辻行人『奇面館』・法月綸太郎『キングを探せ』・有栖川有栖〈ソラ〉シリーズについての著者のことば掲載。
 

メフィスト初登場ミステリ作家特集」と銘打って、主に創元組の短篇が掲載されています。どうした事情かすべて時代物でした。

「妖曲鉄輪」高井忍
 ――「お、鬼が出よった」。舎人の言葉を聞いて季武と公時が追いかけると、鬼女は立ちふさがった右中将藤原道綱とともに川のなかに姿を消した……。一方、前妻の祟りに悩まされていた惟成は、道長に伴われて天文博士安倍晴明の許を訪れていた。

 「謡曲」鉄輪を史実に取り入れ、ミステリ的な真相を組み込んだもの。橋から消えた鬼女という謎の真相はあのパターンかと見当がつきますが、鬼女が生まれる理由に複層的な答えが用意されていて、それが史実にも寄り添っているという、なかなか凝った構成でした。頼光四天王藤原道長安倍晴明といったクセの強い登場人物ばかりのため、誰が探偵役なのか解決編までわからないところも、楽しみの一つでした。
 

「日入国常闇碑伝 雨鉄砲」詠坂雄二
 ――神藤七宗が率いた鉄砲備・形女衆は数々の挿話に彩られている。わけても「風雨の下でも不具合なく放たれる」とうのが有名で、雨鉄砲という名は明らかにそこから由来するものである。だが彼らのほとんどは常闇と共に生じた混乱のなかで死亡していた。それなのに――近ごろになって、雨鉄砲と呼ばれる怪異が現れていた。

 上記「妖曲鉄輪」は実際の伝説をもとにした作品でしたが、こちらは架空世界の伝説自体を創作したもの。詠坂雄二というのはトンデモ系のヒトという印象だったのですが、実際に読んでみるとそんなこともありませんでした。かつて戦場で無敵を誇った異能集団の最期を描いた伝奇小説です。ミステリとしては、怪異を退治しに行った形女衆がなぜことごとく戻って来なかったのか、怪異はなぜ雨鉄砲と呼ばれたのか、という疑問に対する解答が、伝奇小説らしい非現実的なものでありながら人間の業(形女衆の業)として納得できるものになっています。
 

「水の都の怪人」三木笙子
 ――幸次郎は伊太利のヴェネツィアで日本語を教えている青年だ。実業家の邸宅から金貨を根こそぎ奪った賊は、カーニヴァルの仮面をかぶっていたという。やがて今度は金貨がばらまかれるという事件が起こる。幸次郎の下宿先の店主ジョヴァンニは、赤マントを着た賊が別れた妻なのではないかと疑うが――。

 シリーズ同様に明治を舞台にした作品です。あの「連盟」パターンというとホームズものの原典があまりにも有名なため、ネタ自体で意外性を演出するのはほぼ不可能だろうと思うのですが、本篇では、あのネタであること自体を隠そうという試みが為されていました。金貨をばらまくという行為自体があのネタとしてはさほど奇妙な出来事ではないため目くらましになっているうえに、「ばらまくために盗む」ところにまで遡って何の変哲もない強盗事件をスタート地点にしているため、気づきづらくなっています。
 

「愛をささやくもの」相沢沙呼
 ――わたしリープリシュはミス・ドリオロジーのところで女中として働くことになった。お嬢さんはとても変わったひとで、女中の仕事のほかにも自分の仕事をいくつか手伝ってもらいたいたがった。働いて三日目、お嬢さんのところにラッセル警部が訪ねて来た。先日、身投げした女性を目撃してしまった際に、お会いした警部さんだ。

 ヴィクトリア朝が舞台、妖精研究家(ドイル)、変装、探偵と助手、とくれば、いやでもホームズを連想します。が、こうして読んでみるとホームズものとは男の物語だったのだなあ、と気づかされます。トレードマークのパイプさえも。というわけで本篇はとことん女の物語でした。女性を主役にして語り直したホームズものの変奏曲とも言えそうです。
 

「QEDシリーズ完結 高田崇史&歴代担当者座談会 QEDの真実」
 『百人一首の呪』と『六歌仙の暗号』は面白かったものの、タタルさんのキャラクターに馴染めなかったのと、三作目の『ベイカー街の問題』がイマイチだったせいで、以降の作品は読んでいなかったのですが、ターニングポイントと語られている『式の密室』は読んでみたいと思いました。
 

「男子校での正しい探偵術 猿よ、安らかに眠れ」望月守宮
 ――「俺、決めたんだ。もうオナニーをやめる!」藪原のこの素っ頓狂な発言こそが、『移動図書館事件』の始まりだった。持ち物検査をしても見つからない不健全なものをおさめた、移動図書館と呼ばれるものがあるという噂の真偽を確かめるべく、名探偵たるぼくは、兄とすり替わって学園に潜入した。

 呆れるほどにくだらなさすぎ。
 

「垂里冴子のお見合いと推理 季節4 隣人にはご用心(前編)」山口雅也
 ――冴子の妹・空美は、小説家になると勢いだけで宣言したが、肝心の書き方がわからない。姉弟の助言にしたがって窓の外を眺めていると、隣家のカーテン越しに、男女の争う影を目撃した。翌日、家から出て来たのは夫だけだった――。

 このシリーズは初読書。『生ける屍』や『キッド・ピストルズ』からは考えられないほど軽妙な、ホーム・コメディふうの作品でした。
 

「囁くもの メルカトル鮎 悪人狩り麻耶雄嵩
 ――偶然というのは恐ろしい。小説の取材で鳥取に向かった私は、そこでメルカトルと遭遇した。だが依頼人若桜商事の社長はトラブルで来られず、代わりに秘書の郡家が迎えに現れた。メルカトルはガムを噛んで椅子に貼り付けたかと思えば、社長令嬢にプレーボーイのような口をきいたり、らしくない行動を取り始めた。

 「答えのない絵本」を含む『メルカトルかく語りき』で、(相変わらず)ミステリの一つの極北を描いた著者でしたが、今度はこう来ました。探偵の推理の根幹である消去法のロジックが揺らぎかねないというか、揺らいでないというか。「銘」探偵とはよく言ったものです。
 

「ビバ日本語! 〈言霊シリーズ〉2」深水黎一郎
 ――俺は優秀な日本語教師である。生徒の一人のマリーが厄介な質問をしてくるので、「東洋の神秘ですよ」と答えておいた。

 ハードボイルド探偵ふうの日本語バカミス。扱われている日本語の問題についてはいたって真面目です。
 

「通い猫ぐるぐる」倉知淳
 ――「捜査上の守秘義務があるから詳しくは話せない――とにかくその猫が必要なんだよ」と云う満久を説得して聞き出したところによると、脱税容疑のかかっている社長が、妻の飼い猫に秘密の番号を託したらしい。

 むりやり感がともなうのは暗号の宿命かもしれませんが、わかる人にだけはわかる(気づく人だけは気づく)という点では、すぐれた暗号ではないでしょうか。
 

「人魚が殺した シリーズ・異質物係」化野燐
 ――大地主であるK家の当主が殺されていたのだという。たまたま通りかかった哲氏が疑われることになったが、すんなり解放されることになった。真犯人の見当がついたからだ。年齢不詳のため人魚を食べたと噂されている被害者の囲われ者・椿だった。だが事件のあった二時間後、哲氏は歩いて五時間かかる場所で椿と思われる女性を目撃していた……。

 シリーズものの真ん中あたりであるらしく、本篇だけ読んでもよくわからない情報が多く含まれていました。人魚の肉を食べたものは不老不死のほか神通力を得ることができる――という伝説のうち、その神通力の一つとして瞬間移動の謎が扱われています。
 

「シレネッタの丘」初野晴
 ――仙道信雄と冬美夫妻が殺され、脳性マヒである孫の仁紀が血まみれになって発見された。仁紀には自力で部屋の錠をかけることができなかったため、高い知能を持ったインコとして有名になったリエルが仁紀を守るために錠をかけたと推測された。俺はリエルの行方を捜していた……。

 植物と動物に対する愛を感じる作品でした。動物の知性の方に意識を向けておいて、意外性は別角度からもたらされました。
 

「H-1グランプリ(15)ライツヴィルにて」喜国雅彦
 クイーンのライツヴィルものを総ざらえ。
 

  [bk1]


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