『The Little Stranger』Sarah Waters,2009年。
今回はこれまでとは打って変わって(と言っていいのだろうか?)、グレーの背表紙で出ていてもおかしくないような、幽霊屋敷もの。
とはいえそこはもちろんサラ・ウォーターズのこと、実際に何が起こっているのか、は容易につかませません。誰も何もがヒジョーに怪しくてしかも決定打に欠けています。
第一、語り手がわざわざ子ども時代のあこがれを冒頭で語っているということは、自分の意識に自覚的で、自分が語る物語をちゃんと効果的に計算して構成しているということになるわけで、でもそうなると……?。何かが起こったときには「その瞬間を見ていた人はいなかった」ので、誰かの間接的な証言を頼ることになりますし。
悲劇はまがまがしく幕を開けたものの、その後の展開はけっこう地味で、没落名家の暮らしぶりがこってりと描かれています。後半なんてほとんどが語り手の医師と令嬢の――いや、これもまたグロテスクと言えなくもないんですが。そして思い出したようにまがまがしい悲劇が起こるのですが、これがまたB級ホラーみたいなそれらしさ。
初めの悲劇がきっかけで一家がほぼ孤立してしまうのが秀逸です。なにしろ別に閉じ込められたわけでもないのだから、本来であれば嫌なら館から出て行けばいいんです。そこに一家のプライドも加わることで、開かれているはずの空間が限定された幽霊屋敷に一変してしまうのですから。登場人物はエアーズ家の老夫人、姉娘、弟、メイド、家政婦、ファラデー医師。
かつて隆盛を極めながらも、第二次世界大戦終了後まもない今日では多くのものを失い、広壮なハンドレッズ領主館に閉じこもって暮らすエアーズ家の人々。かねてから彼らと屋敷に憧憬を抱いていたファラデー医師は、往診をきっかけに知遇を得、次第に親交を深めていく。その一方、続発する小さな“異変”が、館を不穏な空気で満たしていき、人々の心に不安を植えつけていく……。たくらみに満ちた、ウォーターズ文学の最新傑作登場。(上巻カバー裏あらすじより)
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『エアーズ家の没落』(上)
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