Baldwin『The Shadow on the Blind』とGalbraith『The Trainer's Ghost』の二冊の短篇集をまるごと収録したペイパーバック。ルイザ・ボールドウィンは「このホテルには居られない」の邦訳あり。どちらかというとレティス・ガルブレイスの方が好みでした。
『The Shadow on the Blind』Louisa Baldwin(1895年)。
「The Shadow on the Blind」(ブラインドの人影)★★☆☆☆
――七年間空き家だったHarbledon Hallが、引っ越し魔で改装魔のStackpoole氏の目に留まった。鍵を預かっている寺男によれば、前の持ち主であるSir Roland Shawe一家は、幽霊を見て逃げ出したということだ。たまたま知り合った一家の弟から、その家に住むのはよした方がいいと忠告されもしたが、新築同様に改装して住むことにした。やがて仮装舞踏会を開催する。訪問客たちも帰ったころ――。Stackpoole夫人の部屋の窓に、二つの人影が映っているのが見えた。古くさい恰好のため、仮装舞踏会の参加者だと思ったが、次の瞬間、一人が剣を抜いて相手に斬りかかった。駆けつけた娘は、母の部屋から青い服を着た若者が血刀を持って出てきたと怯えていた。地元の訪問客から、百五十年ほど前にここの主と息子が一人の女をめぐって殺し合ったという話を聞かされたStackpoole氏たちは、翌朝ただちに家をあとにしたのだった。
引っ越し魔が荒れはてた屋敷を見つけて住もうと決める導入は変わっていて面白いです。けれど怪異自体はありきたりの幽霊屋敷譚です。前の住人の家族に偶然二人も遭遇したりする展開が、さすがに都合がよすぎました。しかし何より、娘婿が目撃したことを、Stackpoole氏が耳で聞き、集まった家族に娘婿が目撃したのとまったく同じ説明をし、訪問客がそれとまったく同じ幽霊話を聞かせる……同じ話の繰り返しがくどくてせっかくのクライマックスがぜんぜん盛り上がりませんでした。
「The Weird of the Walfords」(ウォルフォード家の運命)★★★☆☆
――私、Humphrey Walfordは、祖先を裏切った。三百年のあいだ一族の生死を見守ってきた寝台を、破壊したのだ。勇敢な祖先、訪れた国王、生まれた赤ん坊、その上で死んだ父祖が、我慢ならなかった。だからばらばらにして売ってしまった。やがてGraceと出会って結婚し、私たちは屋敷に戻ってきた。太陽に照らされて窓が真っ赤に燃えていた。「幽霊でも出そうな古いおうちね」やがて子どもが産まれた。ところが購入したゆりかごには、確かにあの寝台の木材が使われていた! 赤ん坊は死んだ。その日からGraceはやつれていった。「いい天気ね、外を見てきて。あの日みたいに窓が真っ赤に燃えてない?」窓は真っ赤だった。一年前と何も変わってはいない。変わったのは私たちだけ。「真っ赤だったよ。暗いから明かりをつけようか?」返事はなかった――。Graceを埋葬すると、私は暖炉の熾を手に取り、家に火をつけた。丘のてっぺんに着くまで振り返らなかった。家が燃え、屋根が崩れ落ちるのが見えた。私は帽子を取り、先祖たちの家に別れを告げた。
多少ユーモアの味もあった「The Shadow on the Blind」とは違ってシリアス一辺倒の作品。妻が鍵のかかった部屋のなかに寝台の幻を見る、という怪異こそあるものの、全体的に超常ホラーではなく、タイトル通り運命的な悲劇です。一族の呪縛を断ち切ろうとして、代々受け継がれた寝台を語り手が壊す冒頭の場面が印象的です。
「The Uncanny Bairn」(不気味なわらしこ)★★★☆☆
――Sandieは病弱で、読み書きもできなかった。ある日Sandieは近所の老婦人を見て「顔の上のお金と白い布は何?」とたずねた。「この子は千里眼だよ! 追っ払っとくれ!」。数日後、老婦人が死んだ。Sandieの言葉どおりの姿で。後日、父と船遊びをしていたSandieが水面を見下ろした。「叔父さんだ、目は開いているけど、何も見えないみたい」ほぼ一月後、帰国中の船の乗客が一人、海に落ちて溺死したという記事が載った。それ以来、父は変わった。酒を飲み、Sandieを避けるようになった。三年経って、Sandieも健やかに育ち、千里眼を見ることもなかった。だがある日、Sandieの様子が激変した。母が何とか聞き出したのは、父が路上で死んでいる光景だった。その夜、父は戻らなかった。やがてSandieは成人し、千里眼もなくなった。結婚して子どもが産まれたが、娘にも息子にも千里眼は遺伝しなかった。
「bairn」とはスコットランド方言で子どものこと。「The Weird of the Walfords」と同じく、運命的な悲劇が扱われています。人の死を予知する(見る)ことのできる子どもが、やがて身近な人間の死を予知することは避けられず、逃避しようとした父親と何とか踏みとどまって愛情を注いだ母親の苦しみがやるせないです。
「Many Waters Cannot Quench Love」(愛は大水も消ことあたはず)★★☆☆☆
――友人のHortonが聞かせてくれた話だ。嘘なんか言うような奴じゃない。Maitland's Farmというところに部屋を借りたそうだ。Maitland一家は大家族になって手狭になったので外国に引っ越したのだが、土地の若者と恋仲だった娘は泣く泣く別れたという。ある夜Hortonが寝ていると、見知らぬ若い女が泣いていたので、怖くなって気を失ってしまった。翌朝げっそりして階下に降りると、家主の女将さんがニュースを聞かせてくれた。娘と恋仲だった若者が川で溺れ死んだのだという。ぞっとしてHortonは娘の写真を見せてくれと頼んだ。写真には、昨夜の女が写っていた。Hortonは早々にその家を逃げ出した。数週間後、Hortonは新聞で、オーストラリア行きの船が沈んだというニュースを知った。数えてみると、若者が溺れ死んだ日と同じだった。恋人たちは、離れていながら、同じ時刻に同じように溺れて死んだのだ。
どうってことのない短めの小咄みたいな作品です。
「How He Left the Hotel」(このホテルには居られない)
『鼻のある男』に邦訳あり。
「The Real and the Counterfeit」
「My Next Door Neighbour」
「The Empty Picture Frame」
「Sir Nigel Otterburne's Case」
「The Ticking of the Clock」
あんまり面白くなかったので、後半は読んでません。。。
『The Trainer's Ghost』Lettice Galbraith(1893年,1897年)
「The Case of Lady Lukestan」(レディ・リュークスタン事件)★★★☆☆
――幽霊がいるかいないかは科学的にいまだ確定されていない。だが法律的には幽霊は存在しない。それはLady Lukestanの事件で立証された。Cyprian Martyn司祭はMiss Pamela Ardilaunにふられ、毒をあおって自殺した。「お前と結婚してやる、私でなければ誰とも結婚させるものか。生きていようと死んでいようと、それが復讐だ」と言い残して。……Lord Lukestanが汽車事故で死亡した。Miss Ardilaunが私Bryantと従兄弟のCharley Roskillのもとを訪れたのはその直後だった。実はひそかにLord Lukestanと結婚していたのだが、証明する手だてがないという。ようやく教会の記録簿を探し当てたものの、立会人欄にはCyprian Martynという名が。「これは弟の名前ですね。去年の十月に死にました」と教会の司祭は言った。裁判では結婚の事実は認められなかった。
著者についてはよくわかりません。裏表紙の紹介文でも、Baldwinに続いておまけみたいな感じで「作品ほど謎めいてはいない」と書かれてあるだけ。作品集が二冊きりのようです。Louisa BaldwinほどB級感がなく、こちらの方が好みでした。
何といっても書き出しが魅力的な一篇です。当事者のMiss Ardilaunこそ怖がっているものの、恐怖よりもむしろ法律的にどうかという点が面白い作品でした。
「The Trainer's Ghost」(調教師の幽霊)★★★☆☆
――未知の馬の出走を嗅ぎつけた予想屋たちは、馬主の厩舎を探りにゆくが……。そこは馬主の父親が愛馬に蹴られて死んでしまったといういわくつきの場所であった。
一つ前の「The Case of Lady Lukestan」も幽霊譚でしたが、タイトルに「Ghost」と付く作品が三つもあります。本篇もオーソドックスな幽霊譚ですが、競馬を扱っているところが珍しい作品です。
「The Ghost In The Chair」(椅子に座った幽霊)★★★☆☆
――この物語には説明が必要だが、説明がなされることはないだろう。百五十人の人間が、会社の会議室に座って演説しているCurtis Yorkeを見た(あるいは見たと思った)が、その数時間前に彼は死んでいたのである。会社の危機を切り抜けるには、大陸のどこかにいる人物の助けが必要だった。現状を乗り切れるなら魂を売る覚悟だった。放心しながら契約書まで書いていた。やがて大陸の人物の援助を取り付け、会議で発表し終えるすぐさま退出した。追いかける途中で出くわした医師から聞かされたのは、Yorkeは数時間前に自宅で死亡したという事実だった。
これも「The Case of Lady Lukestan」と同じく書き出しがわくわくする作品です。「幽霊」とはいっても今回は「化けて出る」というタイプではありませんでした。「The Trainer's Ghost」では競馬、本篇では会社経営、と、怪談にしては変わった題材を選んでいるのが目を惹きます。
「In The Séance Room」(降霊室)★★★★☆
――Valentine Burke医師は、催眠術を学んでいた。Burkeは野心家だった。資産家のElma Langと出会ったために、女友だちKatherine Greavesが邪魔になった。新聞にKatherine溺死という誤報が掲載された後、どしゃぶりのなか訪ねてきたKatherineを見て、Burkeの頭に「こんなふうにびしょ濡れになって本当に溺れ死んでいたら……」という思いが浮かんだ。だったら身許を明らかにするものを処分させて――。〈見知らぬ女性〉を助けようとした英雄としてBurkeの株は上がった。「君にもらった指輪を落としてしまったよ」「また新しいのをプレゼントするわ」死ぬ前にしがみつかれた指の跡と、水のなかで見つめる目の記憶を、早く忘れたかった。――四年後。Burke夫妻は降霊会に招かれた。ところが霊媒から手渡された紙には、Katherineという署名が。やがてエクトプラズムが現れ、それは水に溺れて目を見開いて……Burkeに近寄ると、「人殺し!」と叫んで消えた。床には指輪が落ちていた。 ↓ここから↓結末が明かされてます その夜、帰宅したMrs Burkeは夫を問いつめた。「わたしを信じて。本当のことを言って」夫の返事は、言うことは何もない、ということだった。翌朝、目が覚めると妻は消えていた。テーブルの上には置き手紙があった。「ごめんなさい。あなたに教わった催眠術を使いました。今晩眠っているあなたに術をかけて、すべて聞き出しました。恐ろしい事実です。今となっては子どもがいないことを感謝するばかりです。わたしたちに残されているのは死しかないのではないでしょうか。Elma」Burkeは手紙を燃やし、煙草に火をつけた。さらに一服すると、抽斗から拳銃を取り出した。恐れも後悔もない。Elmaが言ったように、残されているのは一つだけだ――Burkeはそれを実行した。
この人の話自体は基本的にオーソドックスなのですが、題材だったり語り口だったりにちょっと独特のよさがあるんですよね。本篇だと最初に新聞記事を出しておくところが面白いです。さらには催眠術というのが殺人方法だけではなく結末の伏線にもなっているところは、非常にうまいポイントでしょう。奥さんの凛々しさが光ります。幽霊の怪異ではなく、Burkeのピカレスク風にしたのも、毛色が違っていてよかったです。
「The Missing Model」(失踪したモデル)★★★☆☆
――「どうして女ってものは結婚したがるんだ?」画家のGordon Mayneはアトリエを借りた矢先、モデルに去られて困っていた。友人のFaucitが言った。「モデルといえば、このアトリエだがね、画家のDeverillが欠点一つないモデルを使っていたんだが、いつからかモデルは行方不明だそうだ」翌日、描いている途中の絵から抜け出たような欠点一つない女性がやって来た。「モデルを探していると聞いたので」……だがFaucitはそんなモデルを送っていないという。それどころかMayneの描いた絵を見ると驚いて声をあげた。「Violet Lucusじゃないか! このあいだ話した、失踪したモデルだよ!」わけがわからず、二人はVioletから教わっていた住所を訪ねた。だがそこには荒れ果てた家があるだけだった。探偵と共に家を捜索し、ワイン・セラーの床を剥がすと、石灰が敷き詰められており、その下からは……欠点一つない女性の骸骨が見つかった。
これも話自体は平凡なのですが、よくできています。タイミングよくFaucitが国外に行くところではニヤニヤしてしまいましたし、「the perfect skeleton of a woman」という表現は凄みがあります。普通に読めば「全身欠けるところのない白骨死体」という意味なのでしょうが、本文で「perfect」なモデルという表現が為されているだけに、別の意味を読み取ってしまいました。単に「女性の骨が見つかった」でも話としては成立するし、「perfect skeleton」だからといって同一人物だとは限らない点では変わりないわけですが、わざわざそういう表現をするところに、不気味なものを感じました。
「A Ghost's Revenge」(幽霊の復讐)★★★☆☆
――その年の暮れ、Gerald Harrisonが知り合ったGranvilleという男は、その日のうちに帰宅すると言って聞かなかった。「Granville家は幽霊に憑かれていてね」。翌朝、Granvilleが池で死んだという報せが届いた。古老によると、かつてその屋敷の主が、同じような状況で死んだという。それを見た妻が「同じように死ぬがいい」と呪いをかけた。翌日妻も同じように死に、その後何人もが同じように死んだ。五年後、Harrisonは親戚のJack Chamberlayneから手紙を受け取った。「新年くらい一緒に過ごそうぜ。いい屋敷があるんだ、そこで待ってる」。不吉な予感がした。慌てて帰国したHarrisonだったが、時すでに遅し、Jackはすでに屋敷に滞在していた。残された電報から判断するかぎりでは、Jackは精神的に不安定になっている。Harrisonは屋敷に急いだ。Jackは倒れたがどうにか無事だった。家は炎に包まれた。
幽霊屋敷もの。なるほど同じ「Ghost」とはいってもいろいろ工夫が凝らされています。正確にいえば本篇は個人の呪いの話ですし、夫人の怨念が強調されてはいるのですが、その場所特有の怪異というので幽霊屋敷といっていいと思います。しかも呪いをどうにも防ぎようのないというのがまた怖い。
「The Blue Room」(青の間)★★★☆☆
――わたしはそれを二度経験した。二度と経験することはないだろう。Miss Erristoun(今はMrs Arthur)とMr Clader-Maxwellが呪われた部屋の秘密を見つけたからだ。わたしの家族は代々Mertoun Towersの家政婦を務めていた。その家にはBlue Roomと呼ばれる呪われた部屋があった。由来は誰も知らない。ある日、部屋が足りずにMiss WoodをBlue Roomに泊めることになった。夜、叫びが聞こえた。心臓発作と判断された。これが184×年のことだ。五十年後、わたしはお婆さんになった。Mertoun家の子供たち(Mr ArthurとMr Maxwell)も大きくなった。その夜、Miss Erristounが幽霊などいないと主張して、Blue Roomに泊まると言い張った。万が一に備えて、わたしたちは部屋の外で待機していた。突如、Miss Erristounの悲鳴が聞こえた。扉を開けたわたしは見た。 ※ここから結末・伏せ字※ Miss Erristounのそばに、目の爛々と光る男が立っていた。不審者を捕まえようとしたが止められた。「あれは泥棒じゃない。幽霊だ」正気を取り戻したMiss Erristounから聞いたところでは、夢に男が現れ、導かれるままに隠し戸から紙や箱を取り出したそうだ。その言葉に従って探して見ると、夢の通りの場所から紙や箱が出てきた。それは図書室の魔術書から切り取られていたページだった。「思った通りだ」とMr Maxwellが言った。「あれは幽霊じゃない。あれは黒魔――」「構うものか」Mr Arthurはそのすべてを暖炉の火にくべた。
呪われた部屋の話です。相変わらず出だしがうまくて引き込まれます。登場人物が幽霊と黒魔術の違いにこだわるところが、幽霊ものの多い著者のこだわりにも感じられました。
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『The Shadow on the Blind and Other Stories』