『The Beast with Five Fingers』W.F. Harvey(Wordsworth Editions)

 W・F・ハーヴィー短篇集より、読み残しのうち真ん中1/3ほど読了。
 

「Peter Levisham」(ピーター・レヴィシャム)★★★★☆
 ――私がPeter Levishamに関する本を読んでいると、知人のCrokettが、本には書かれていない事実を聞かせてくれた。「以前に車に轢かれそうになった男を助けたことがあるんだ。十年後、歩いている旅人を車で拾ったことがある。それから1981年の夏に森で出会った男は、それまでに会った男と同じ人物だったんだ。僕は怖くなった。後日、町に出かけたときのことだ。「P. W. Foster」とプレートの掲かった事務所に入ったが誰もいない。あとで知ったんだ……殺人容疑者のPeter Levishamが、P. W. Fosterと名乗って事件当時は事務所にいたと言い張っていることに……」

 なぜかある局面局面で目の前に現れる男……影のようにつきまとう謎めいた男の存在も薄気味が悪いのですが、出現の裏に隠された事情を知ると、さらに不気味で背筋が寒くなりました。
 

「Miss Corneliusコーネリアスという女)★★★★☆
 ――科学教師のAndrew SaxonがParke家を訪れた。ポルターガイストに悩まされているという。自宅改装中に居候している老婦人Corneliusがペンを放り投げているのを、Saxon目撃してしまったが……ひょんなことから妻のMollyがCorneliusと知り合いになっていた。やがて自宅でポルターガイスト現象が――。Corneliusの嫌がらせだろうか。だがSaxonは見てしまった。妻の手がナイフを放り投げるのを。妻には自覚がないらしい……。Corneliusは魔女なのか、いかさま師なのか――。Saxonは妻のいとこAliceに相談するが……ふと窓の外をみて叫び声をあげた。「あの女だ!」 ついに相談を受けた専門家は、「たいへんつらいお知らせなのですが――奥さんは正常です。すべてはあなたが無意識にやったことです。Corneliusという人はあなたの見立てどおりインチキ霊媒師だったのでしょう。でもそれはきっかけにすぎなかった。普段から奥さんのことを気にかけ、気を張り詰めすぎていたんですよ……」そのときSaxonが窓の外を見て叫んだ。「あの女だ!」

 『世界恐怖小説全集4 消えた心臓』に邦訳あり。こういうタイプの話は一人称の方が効果的な気もするのですが、これは三人称で書かれています。奥さんに対する狂気の疑惑と、裏切られているかもしれないという疑心暗鬼……それがサスペンスを醸し出していると同時に、真相に効果的に絡められています。奥さんのいとこのAlice Hordernという登場人物がなかなか味のある老婦人で、この人を主役にしてゴースト・ハントもののシリーズがもし書かれていれば読みたかったなあ。Aliceに煙草がないかと聞かれたSaxonが「女性医師の宣教師と煙草は結びつかないですね」と答えると、「その通りだけど、あたしは第一に女で、第二に医者で、第三に宣教師だからね」。
 

「The Man Who Hated Aspidistras」(葉蘭が嫌いな男)★★★☆☆
 ――Ferdinandのおばは植物好きだった。

 これはホラーではなく「羊歯」とかその系統。
 

「Sambo」(黒んぼ)★★★★☆
 ――確かなことがある。ArthurはJaneyに人形を贈るべきではなかった。アフリカで見つけてきた人形だったが、とても醜くて、Janeyにとっては14番目の人形に過ぎなかった。ところがある日、13番目の人形のいるべきところにSamboがいた。そして9番目、4番目……。とうとうJaneyはほかの人形を片してしまった。「Samboが嫌がるの」……だがある日、私はJaneyが屋根裏でこっそりほかの人形たちに囲まれてくつろいでいるのを見つけてしまった。「Samboには言わないで!」Janeyが怯えて叫んだ。そして後日、ベンチに座るSamboの目の前で、Janeyがばらばらにした人形たちを燃やしていた。私は翌日、人形を博物館に寄付することにした。だが途中で包みを盗まれてしまった。数年後、博物館で私は二人の知人に出会った。一人は聯隊の隊長、もう一人はSamboだった。説明文にはこうあった。「アフリカの偶像。電車内で見つかった。恐らく盗品。幼年期の人類に崇拝されていた神々の恰好の実例である」

 人形怪談ですが、はっきりとした怪異は描かれず、考えようによっては描かれているのは不安定な精神状態にあるJaneyであると言えるかもしれません(親が不在中のJaneyをおじ夫婦が預かっているという点も併せると)。Samboの勢力がだんだんとエスカレートしてゆくのが恐ろしい作品でした。
 

「The Star」(星)★★★☆☆
 ――Jacksonはライバルが発表した説にむしゃくしゃしていた。四旬節の説教を聞きにすら行かない夫を、Jackson夫人は説得しようとしていた。「牧師さんが話してくれたわ。母親が息子のために窓にランプを灯していたそうよ。天には星が灯されているって……」

 これはホラーではありませんでした。
 

「Across the Moors」(荒野を通って)★★★☆☆
 ――Peggyが虫垂炎になってので、家庭教師のMiss Craigが医者を呼びに行くことになった。お供のバカ犬はとっととどこかに行ってしまい、雨も降ってきた。以前にここらで殺人があったという話を思い出した。だから牧師と出会ったときにはほっとした。「牧師さんは実体のないものを見たことがあるんですか?」「見たとは申せませんが、11年前に不思議な経験をいたしました……」

 この話の流れで誰もが予想できる通りの結末が待っています。意外な恐怖という点では飽き足りませんが、「their bark is worse than their bite(吠え声ほどには怖くない)」と言う通り、吠えるだけなのは何よりでした。
 

「The Follower」(信奉者)★★★☆☆
 ――「人はありふれたものを超常的なものに変えてしまう。そうして人はつまらない恐怖を作り出す。未知の恐怖に甘んじるべきときに、見せかけの知識に胡座をかく」……これで小説が書ける、とStantonは思った。

 ゆえなき未知の恐怖そのものを感じる瞬間を描いた作品。
 

「Sarah Bennet's Possession」(サラー・ベネットの憑きもの)★★★☆☆
 ――サラー・ベネットはフランクと従姉妹たちの大叔母に当たる人だった。あるとき部屋の明かりをつけると、膝に兵士の絵が乗っていた。それを見たベネット夫人は叫びをあげた。やがてベネット夫人は夢の話をした。舞踏会。誰かが裾を踏んづけた。振り返ると、猿が(少なくともベネット夫人には猿に見えた)いた。「何年も謝ろうと思っていたんだ」「遅すぎたわ」……地元の人から聞いた話だ。ベネット大佐は、サラーを捨てて外国に行った。

 「サラー・ベネットの憑きもの」の題名で邦訳あり。
 

「The Ankardyne Pew」(アンカーダインの信者席)★★★★☆
 ――事の起こりは友人のPrendergast牧師からの手紙だった。そこでは鳥か何かもわからない叫び声がするという。目が燃えるような感覚を覚える人もいた。やがてわたしもAnkardyne Houseを訪れた。蝋燭をつけたまま寝てしまい、ふと起きると百年前のような服装をした人がいる。教会でしゃがみ込み、何かをやっている……? 目が覚めるとベッドのなかだった。あれは何者だったのだろう。わたしは気になり出し……

 一種の幽霊屋敷ものですが、闘鶏が扱われているのが珍しいように思います。控えめな鳥づくし。
 

「Miss Avenal」(ミス・アヴェナル)★★★★☆
 ――わたしはMiss Avenalの精神看護のためムーアの一軒家に派遣されることになった。はじめのうちはひどく弱っていたMiss Avenalだったが、だんだんと力を取り戻してきた……。

 特に何が起こるというわけではありませんが、Miss Avenalと二人で寂しい一軒家で過ごすうちに、徐々に快復してゆく主人に比例して語り手は徐々に衰えてゆき、やがてMiss Avenalとその場所に囚われたようになり……という、一種の吸血鬼もののような不気味さがあります。
 

「Last of the Race」(種の末裔)★★★★☆
 ――その足跡は絶滅しようとしている鳥の足跡かもしれない……Tradescanはキャンプを張って何日も待った。雨が降ってきた。鳥だ! Tradescanは鳥を追って駆け出した……。

 増水した川の中州に鳥とともに取り残されて、コートにくるまる鳥を死んだ息子と重ね合わせながら静かに死を待つTradscan。失敗と悲劇続きの人生の最後に、唯一の栄光とばかりに、我が名にちなんだ学名を鳥の首にかけるのが泣かせます。
 

「Deaf and Dumb」(聾と唖)★★★☆☆
 ――狩猟番のLongwoodが密猟者を見逃していると知ったBrownsmith氏は、激しく怒った。だが口の利けないLongwoodには答えることができなかった。その夜、誰かがBrownsmith邸に入り込もうとした……。

 すれ違いによる悲劇と、襲撃の恐怖。
 

「A Middle-Class Tragedy」中流階級の悲劇)★★★☆☆
 ――Hickman夫妻はしばらく以前から心が通い合わなくなっていた。妻のJuliaがおばのところに出かけた日、Hkckmanはスケートに出かけた。氷が割れるという大惨事から間一髪で逃れたHickmanは、これをきっかけに姿を消してニュー・ジーランドの兄のもとで新しい人生を歩もうと心を決めるが……。

 結局家に戻り、妻に許しを請おうとするHickman。そこに待ち受けていたのは妻からの言伝。妻も夫の元を去る決意をしていたのだ。だがそこに妻が戻ってきた。妻も考え直して許しを請うていた。という全然ホラーじゃない話でした。
 

「The Fern」(羊歯)

 邦訳あり。
 

「The Angel of Stone」(石の天使)★★★★☆
 ――Senior Fellowは何年も旅行に行っては教会を回っていた。天使像に触れると、背中に穴が空いていた。手を入れてみると、紙切れが出てきた。それは二百年以上も前に書かれた、子どもの快復を祈る母の手紙だった。紙切れはほかにもあり……。

 数百年の時を越えてシンクロする、ちょっといい話。弟が子ども好きという記述や、教会の入り口でビー玉遊びをしている子どもをSenior Fellowが邪魔に思ったりする場面、こんなに短い作品ですがさり気ない伏線が利いていました。
 

「The Tortoise(亀)★★★☆☆
 ――これはTollertonが死ぬ一か月前に弟宛に書いた手紙だ。それに加えて日記から抜粋する。庭に迷い込んだ亀は、先代が何年か前に逃がしたうちの一匹らしい。

 最後の最後にとんでもなく不気味なシーンが待ち受けていました。
 

「After the Flower Show」(品評会のあとで)★★★☆☆

 あんまりホラーじゃないのが続く。花作りと刺繍が趣味の牧師館の奥さんの話。
 

「The Desecrator」(涜神者)★★★☆☆
 ――牧師は土地を買って霊廟や神殿のようなものを建てようと考えていた。だがある日、そのモニュメントにいたずらで名前と住所が彫られているのを発見し、その住所を訪れると……。

 冒涜だと勇んで出かけてみれば、ちょっとだけ、ちょっとずつ悲しい真実。すわ涜神の呪いかと、一瞬だけホラーになりかけましたが、これもまたホラーではありません。
 

「The Educationalist」(教育者)★★★☆☆
 ――聖堂で出会ったBirkenshaw氏は教育の必要性を説いていた。かつての教え子には立派な子もいれば、駄目な子もいて――。雪玉をぶつけられて転倒、臥せってしまったBirkenshaw氏は……。

 これも普通小説。
 

「Dead of Night」(真夜中)★★★★☆
 ――真夜中に外に出かけたDigby老人は交通事故に巻き込まれ病院に担ぎ込まれる。「Simeonさんのオペを見たことないでしょ? てきぱきしてて切開も上手なの。麻酔なしで――」

 ホラーといえなくもない普通小説。入院して状況がわからないというのは不安なものです。
 

「Mishandled」(手違い)★★★☆☆
 ――Crewdson警部はぼやいていた。「指紋はある。だが有罪にできるとは思えんのだ……」Simeon Boltby氏が刺殺され、ナイフの柄にはConroyの指紋がついていた。動機の問題、目撃者の証言、指紋のついていた位置……証人の一人だったBoltby氏の甥は直後に事故死してしまい、解決の目処は立たない――。

 凶器がペーパーナイフであることを最大限に活かしたミステリ。犯人のクセと、小口側だけ綴じてあるフランス装と天も綴じてあるフランス装の違いによる矛盾が、警部の友人の医師Bentallによって明らかにされます。タイトルの「Mishandled」というのは、ナイフの「handle(柄)」につける指紋が間違っていた――という意味も込められているのでしょう。試訳するなら、「(取っ)手違い」とかかな。
 

「The Habeas Corpus Club」(人権保護倶楽部)★★★☆☆

 すぐ殺される小説の登場人物たちが集う倶楽部。
 

「The Long Road」(長い道のり)★★★★☆
 ――幼いころから潔癖な人間であるOakshotは、「新しい」ということに強迫観念をいだいていた。偶然知り合ったShenston医師は、新しく生まれ変われるからと言って、催眠術の実験を試みるが……。

 最後に引用されているRochester伯John Wilmottの詩「Satire against Mankind」がきっかけで構想されたと思しき一篇。Then Old Age and Experience, hand in hand, Lead him to Death, and make him understand, After a search so painful and so long. 最後のほんの数センテンスで、この言葉の重みが医師の(そして読者の)心に重くのしかかります。

 


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