『幻想文学入門 世界幻想文学大全』東雅夫編著(ちくま文庫)★★★★☆

 個人的にはただ「好き」だから読んでいた幻想小説でしたが、改めてその定義から再入門。お伽噺のようにその世界がその世界だけで完結しているものとは違い、幻想小説とは現実を浸食しうるもの、というのは説得力と魅力に富む意見です。実際この延長線上でSFに触れられると、自分がどういう作品が好きで読んでいたのか、がわかり、激しく納得してしまいました。無論それでわたしの好きな「幻想小説」すべてをカバーしているわけではないけれど。トドロフ幻想文学論序説』を読んだときには、フランスで言うところの「幻想小説」と日本の幻想小説との違いもあって、「ためらい」というのがよく理解できなかったけれど、こういう定義を踏まえてのうえだと理解しやすくなったと思います。

 平井呈一私の履歴書」を改めて読んでみて、チャールズ・ウィリアムズ『万霊節の夕(万霊節の夜)』が無性に読みたくなりました。

 簡潔ながら編者による「ポドロ島」解説が掲載されているのが、地味に高ポイントだと思いました。読者の想像に委ねるタイプの作品を敢えて出張って解説するのも、入門編ならではの心配りだと言えるでしょう。

 編者と澁澤龍彦中井英夫倉橋由美子による、「幻想文学の極意はスタイルにあり」を読むと、稚拙ながら翻訳をしている者としては、襟を正す思いに駆られました。正したところで蓄積された教養とそれを使いこなすスキルがない身としては、どうにもならないのですが。

 そんなわたしですがやはり翻訳は好きなのです。小泉八雲「文学における超自然的なるもの」を読んでいると、『不思議の国のアリス』と『鏡を抜けて』という記述がありました。後者は言うまでもなく『鏡の国のアリス』原題の直訳です。そこで訳題について改めて考えてしまいました。『不思議の国』自体も直訳すれば『不思議の国におけるアリスの冒険』なんですよね。もっとも、英語でも『Alice in Wonderland』と略されたりしているわけですが。しかしやはり原題をじっくり考えてみたい。「Adventure」は「冒険」でいいのか。「不思議の国」は内容を汲んで「キテレツ王国」としてみたらどうか。いやそもそも「Wonderland」の訳語である以上「不思議の国」の国とは必ずしも国家を意味するわけではないのだから……。「異世界」とかかなあ。『アリスの異世界旅行』。まったく魅力のない題名ですね。。。はたと閃いたのが、「紀伊国」をもじって「奇異国」というのはどうか。結局「国」になってしまいましたが現代語の「国家」とは違いますし。『奇異国ありんす譚《き(い)のくにアリンスものがたり》』。何だか江戸文芸みたいなことになってしまいました。。。

 イギリス領ギリシアの出身らしくマコーレー(マコーリー)『古代ローマの歌』「レギルス湖の戦い」を評価している小泉八雲ですが、その八雲もラヴクラフトによって「感受性に富む詩人らしい芸術的手腕」と讃えられ、就中フローベール『聖アントワーヌの誘惑』英訳を「朗々たる言葉の魔術につつまれた強烈で豊かな比喩表現の古典」を高く評価されています。こういう関連性が一冊で読めるのがアンソロジーのいいところです。それにしてもゴーチエは「死女の恋」ばかりがアンソロジーに採られていますが、「ポンペイ夜話」も面白そうではないですか。

 ヴィルヘルム・マインホルト『琥珀の魔女』。実録かと紛う魔女狩りの物語。同じく魔女狩り(こちらはアメリカ)ホーソーン『七つの破風の屋敷』も。

 ロジェ・カイヨワ「妖精物語からSFへ」は、澁澤エッセイでも触れられていた文章のオリジナル。『冷たい方程式(新版)』に収録されていた「ふるさと遠く」がこんなところで紹介されていて驚きました。

  [楽天]


防犯カメラ