『謎の部屋 謎のギャラリー』北村薫編(ちくま文庫)★★★★☆

 以前にマガジンハウス〜新潮文庫から出ていたアンソロジーの増補版。

 ジョン・P・マクナイト「小鳥の歌声」一篇と、それについての宮部みゆきとの対談が追加されています。新収録の「小鳥の歌声」と、内容を忘れていた作品を読みました。

 

「小鳥の歌声」ジョン・P・マクナイト/矢野徹(Bird Talk,John P. Mcknight,1953)★★★★☆
 ――ある意味では、小鳥たちはぼくにも話しかけていたんだ。「チッポケー、チッポケー」「ヒック・ヒック」。この重要な事実は、御歳四つのリンという近所の娘が説明してくれたことだ。

 鳥の言葉を解する子どもとの交流を描いたファンタジーのように見えて……とはいえ、白髪三千丈的というよりは病的なまでの詳細さで記された結末は、神話的とも思えるという意味ではやはりファンタジーです。

 

「犯罪」「びい玉」「烏賊」宇野千代(『大人の絵本』より)★★★★☆
 ――日の暮れがた私は弟をつれて歩いていた。道端に盥がおいてあって、その中に足が四本入れてあるのが見えた。私は悪いものを見たと思った。「早くおいで、」私は弟の肩を抱いて通り過ぎようとした。

 犯罪とは子どもの足が置かれていることではなく、巡査に捕まったからこそそこで初めて「犯人」となったのだ――とさえ思えてくる不条理で幻想的なショートショート。びい玉と二郎の失踪に因果関係はないのだけれど、あるのではないか――と思わせてしまう/思ってしまう子供心の思い込み。「あなたのことを考えて眠れないんです(大意)」と伝えたつもりのに、不眠には烏賊がいいよと即物的に答えられてしまう悲しさと滑稽さ。

 

「桃」阿部昭 ★★★★☆
 ――冬。真夜中。月が照っている。子供の自分が、母と桃の実を満載した乳母車を押している。人間の記憶があてにならぬものだとは、つねづね痛感している。

 あり得ない記憶。記憶と推測を頼りにほんとうにあったことを探ろうとするものの、真相は闇の中、でした。冒頭のシーンを題材にいろいろな作家に競作してもらうのも面白そうです。

 

「領土」西條八十 ★★★★☆
 ――良人は絶えず諸方に旅した。帰ると、妻が白磁の珈琲茶碗を凝乎と眺めているのであった。

 いい話、ですが、取りようによっては、怖い話(夫に放っておかれて気が狂ってしまった妻の話だと敢えて誤読すれば)。

 

「賢い王/柘榴/諸王朝」カリール・ジブラン/小森健太朗(The Wise King/The Pomegranate/Dynasties,Kahilil Gibran)★★★★☆
 ――賢い王が統治していた都の井戸に、魔女が液体を落として言った。「この水を飲む者は気が触れるだろう」/昔、私が柘榴の実の中に住んでいた頃、柘榴の種がこう言った。「いつの日か僕は樹となるだろう」/イシャナの王の前に使者が現れた。「王の宿敵である残酷王ミラーブが死にました」王はちょうどそのとき生まれた王子の未来を占わせた。

 賢い王みたいな発想はチェスタトンあたりにも通ずるので、ミステリ好きにも受けがよさそう。

 

「どなた?」クルト・クーゼンベルク/竹内節訳(Wer ist man?,Kurt Kusenberg)★★★☆☆
 ――ボーラス氏が帰宅して庭をぶらぶらしていると、「うちの庭でなにをしているんですか」と甲高い声がした。「マルタ! どうしたんだ」「警察を呼ぶわよ」「おじさん、だあれ?」という子供の声もした。

 不条理に始まって不条理なままハッピーエンドを迎えるという、離れ業のような作品でした。

 

「定期巡視」ジェイムス・B・ヘンドリクス/桂英二訳(Routine Patrol,James B. Hendryx)★★☆☆☆
 ――橇の先導犬が命令を聞かずに走り出した。白い死神に憑かれちまったらしい。橇が止まると、ダウニー伍長刑事は小屋に入った。老人が死んでいた。

 自然の猛威がふるう極寒の雪原、食糧も暖房もある小屋のなかで自殺していた老人という謎、ここまでは魅力的ですが、謎解きものになってから途端につまらなくなってしまいました。

 

「埃だらけの抽斗」ハリイ・ミューヘイム/森郁夫訳(The Dusty Drawer,Harry Muheim)★★★☆☆
 ――銀行側の記載ミスで二百ドルを失ったローガンは、出納係のトリットに復讐を誓った。銀行の机に誰も気づいていない隠し抽斗のあることを発見したローガンは、購入した拳銃をでトリットを脅したあとで、抽斗に拳銃を隠し、そ知らぬふりをした。

 ローガンの執拗さがひたすら気持ち悪い作品です。ここまで偏執狂的だと、二百ドル失ったというのもそもそもローガンの思い込みなのではないか、いやもしかすると二百ドルなんて金額自体が最初からなかったのに狂人があったと思い込んでいるだけなのではないか、とすら思えてきます。隠し抽斗に隠すという行為自体はしょぼいので、ローガンのアクの強さで印象に残る作品ですね。

 

「エリナーの肖像」マージャリー・アラン/井上勇訳(Portrait of Eleanor,Marjorie Alan)★★★☆☆
 ――わたしたち夫婦はメイヒュー大佐からグラマーシー屋敷を借りることができた。大佐はたったひとりの娘が死んだ屋敷に住む気にはなれなかったのだ。暖炉の上にはエリナー・メイヒューの肖像画がかかっていた。何かを訴えるような眼差し。

 助けを呼ぶ手段も伝える手段もない少女が、自分を描かせた肖像画にメッセージを託す……という発想は素晴らしいものの、以前に読んだときには、肖像画のアイテムとメッセージのつながりのゆるさに、がっかりしたものです。ですが形見箱や図像学の存在を知ったあとで読み返してみると、それほど違和感も感じませんでした。

 

「返済されなかった一日」ジョヴァンニ・パピーニ/河島英昭訳(Il giorno non restituito,Giovanni Papini)★★★★☆
 ――年老いてなお美しい貴婦人たちと出会ったならば、妃殿下と呼びかけながら、フランス語で話しかけてみるがよい。「わたしが二十二歳のときです。一人の老紳士から、重い病の娘に生きる力を与えるためにあなたの歳月の一年分をお貸しくださるなら、後にご入用なときにお返しいたしましょう、と言われました……」

 年老いてから若いころの日々が手に入るなら……というアイデアに目が行きがちですが、タイトルにもある一日の重さに打たれました。自分が二十歳のころ無為に過ごしていたであろう一日が、永遠を犠牲にしてでも手に入れたい気持は、老人とは言えない年齢ではあってもよくわかります。

 その他の収録作は里見弓享「俄あれ」、都井邦彦「遊びの時間は終らない」、城昌幸「絶壁」、ジェラルド・カーシュ「豚の島の女王」、古銭信二「猫じゃ猫じゃ」、小沼丹「指輪/黒いハンカチ」、M・B・ゴフスタイン「私のノアの箱舟。「豚の島の女王」は完全無欠の必読の傑作。「俄あれ」「絶壁」「私のノアの箱舟」も一度読んだら忘れられない名作です。小沼丹はアズマ女史シリーズが『黒いハンカチ』として一冊にまとまっています。

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