日本オリジナル短篇集。井上雅彦編集による〈予期せぬ結末〉シリーズの第一弾、ジョン・コリア集です。
「またのお越しを」(The Chaser,John Collier,1940)★★★★☆
――ここで調剤する薬には驚くほど効き目がある。「しみ抜き剤」には五千ドル。愛の薬をお求めの若いお客様には、お安い媚薬を。
しみ抜き剤が欲しくなる時期が来てしまうのが男女の世の習い。裏があるわけでもあくどい商売をしているわけでもありません。客のほうが変わってしまうのですから。『ミステリーゾーン』エピソード31「媚薬」原作。
「ミッドナイト・ブルー」(Midnight Blue,1938)★★★★☆
――スピアーズ氏の女房が昨日見た夢の話をした。「あなたが絞首刑になる夢を見たの。あなたのマフラーは黒で、ベンスキンさんのはミッドナイト・ブルーなんだけれど、あなたはそれを手に取り、絞め殺したのよ」
なぜそんな夢を見たのかという、理屈では説明できないように思われる現象を疑問に思うよりも、恐ろしい暗合のほうに気を取られてしまいます。黒に近い吸い込まれそうなミッドナイト・ブルーの色が、読み終えたあとも残像のように脳裡に刻まれたままでした。
「黒い犬」(A Dog's a Dog,1957?)★★★☆☆
――ギルバート将軍の葬儀の日、未亡人のダイアナと一緒にいるのはハリーという弁護士だ。二人は狂おしい抱擁を始めた。「もう戻らないと」葬式のときに見かけた犬が家までついてきている。あの人の目に似ている……。
原題は「犬は犬」(『CATS』より)。不吉な存在のようでいて、その通り犬は犬なのですが、罪悪感を持つ人間には犬が犬には見えず、そこから生じた疑心暗鬼の果てに真実が明るみに出されます。
「不信」(Insincerity,1933)★★★☆☆
――ウィルブラム氏はまるで楽しくない人物だった。夫人は又従弟と称して、港で出会った青年を連れ込んだ。密会の現場に殴り込んだウィルブラム氏に青年が反撃を加えると、ウィルブラム氏は前のめりにくずおれた。
パンチ一つでのびてしまったり、ひげをわざわざ引っ張って見たり、叫び声をあげた途端に窓から飛び出してみたり、これは小説というよりも『トムとジェリー』等のカトゥーンを思い浮かべて絵の動きを楽しむ作品だと思います。
「よからぬ閃き」(Think No Evil,1958)★★★★☆
――発明家のラグビーは車のなかから、建築事務所のジュリアスが家におり、妻がカーテンを引くのを目撃した。あれだけ巧みにふるまわれては、証拠は得られないだろう。もはや行動を起こすしかない。
このルーブリックは『ミステリーゾーン』ナレーションへのオマージュですね。「不信」とは逆に、火のないところに煙を見てしまった男の話です。それだけではなく、あろうことか、みずから火をつけてしまいました……。
「大いなる可能性」(Great Possibilities,1943)★★★☆☆
――人格的には完璧に近かったが、マーチスン氏には小さな奇癖があった。じつは家に火をかけ、燃えあがる炎を見るのを何よりの幸せと感じているのである。
まさに天職。心優しき紳士にそういう依存症があるとこうなるのですね。
「つい先ほど、すぐそばで」(Not Far Away, Not Long Ago,1960)★★★☆☆
――二人の男がジョージ・H・ロジャースの家に足を踏み入れ、「局」とか「連邦」とか書かれたカードを見せた。「失礼ですが奥様はどちらに?」「旅行を楽しんでます。昨日、手紙が届いたばかりです」「昨日は日曜日ですが」
どう話が転ぶのかと思いながら読んでいましたが、結局もっともストレートな結末に落ち着いてしまいました。
「完全犯罪」(A Matter of Taste,1956)★★★☆☆
――メデューサは、こぢんまりとした会員制のクラブだった。「完全犯罪というものはあるんでしょうか?」その夜はジャーニンガム卿夫人の事件が話題にのぼった。夫から贈られたチョコレートが調べられたが、毒は検出されなかったのだ。
そんなモノが存在するのかどうかなど、どこ吹く風。美しい犯罪かどうか完全な犯罪かどうかが問題にされているのが、推理やトリックに一生懸命なミステリのパロディのようでした。
「ボタンの謎」(Gables Mystery,1934)★★★★☆
――「これ、あなたのボタンよね。メイドの寝室に落ちてたわ」フィルビー夫人は言った。「カラスが取って落としていったのだろう」とフィルビー氏。「鳥じゃないわ」「ほかの生き物が――」「そうよ」「小型の猿ならば壁をよじ登って窓からぼくの部屋に……」
ものは言いよう。浮気の言い訳でも何でもなく、「懐かしき連続探偵劇の一幕」なのです。説得力のかけらもない探偵の推理(?)に微苦笑。チェーホフ「煙草の害について」を思い出しました。
「メアリー」(Mary,1939)★★★★☆
――ロージーの家に泊まった若者フレッドは、ブタのメアリーに芸をさせ、幌馬車で旅していた。フレッドの人柄に惹かれたロージーは、幌馬車暮らしも気にせず結婚することにしたが……。
知能の高い動物が人間を馬鹿にする話はコメディにはよくありますが、今回はどうやら知能の高さが裏目に出たようです。姑のポジションだと思うとかなりブラックな話ですが、メアリーはロージーに嫉妬しているわけではなくわがままなだけなので、そこまで深く考えることなく安心して楽しめました。
「眠れる美女」(Sleeping Beauty,1938)★★★☆☆
――カーニバルの眠れる美女に一目惚れしたエドワードは大金をはたいて眠れる美女を買い受け、科学者に依頼して目覚めさせる薬を開発してもらった。
お伽噺と現実のあいだには、かくも深いギャップが存在していました。面白いのは、本篇の場合に痛い目を見るのは夢見たほうではなく――まあ、だから眠ったままなんだよね。。。
「他言無用」(A Word of Wise,1940)★★★★☆
――もし口をきく猫がそばにいたならば、千倍もうまくやれただろう。ウィタカーは猫を手に入れ、りっぱなインコを買って羽根をむしり、猫に食わせたが、猫は口を閉ざしたままだった。
間違ってはいない(^^;。猫は何よりも大切なことを教えてくれましたが、価値観の相違です。
「蛙のプリンス」(The Frog Prince,1941)★★☆☆☆
――「ポール、きみはぼくのキョウダイと結婚した方がいいよ」「ぼくには借金があるのに」「心の温かい人間と結婚させたいんだ。財産があり、背が高く、かなり不様に肥っていて、知能に難がある」
現代の魔法によって生まれ変わった――もとい、魔法が解けて元の姿に戻ったのでしょうか。いくら予期せぬ結末を求めているといっても、これには突拍子もなさ過ぎてついていけませんでした。
「木鼠の目は輝く」(Squirrels Have Bright Eyes,1941)★★★☆☆
――恋した相手は、狩りの女神ダイアナのような人だった。「気持ちは嬉しいんだけど、あなたってペットんだもの、木鼠くん」いっそ死んでしまおう、ならば心に残るような死に方を、と考えているうちに、知り合いの剥製師を思い出した。
ありがちな話なのに、ソレを選ぶあたりが全然ありがちじゃありません。狩りが好きなのだから、辻褄は合っているのですが。。。いや、合ってません。
「恋人たちの夜」(Hell Hath No Fury,1934)★★★☆☆
――宇宙は有限である。土地高騰で天国と地獄に住めなくなった天使と悪魔が、美しい若い女の姿で大地に降り立った。二人は互いの正体を知らずに知り合い、一人の青年と出会った。
天使と悪魔。純真な女と意地悪な女。譬喩をそのまんま用いる、パロディやギャグの常套手段です。
「夜、青春、パリそして月」(Night, Youth, Paris and the Moon,1941)★★★☆☆
――トランクを衝動買いしたおかげで有り金が底をつき、スタジオをまた貸ししなければならなくなった。衣装をしまうとはだかになってしまったため、あわててトランクにもぐりこんだ。間借り人は魅力的な若い女だった。
この作品のみ『ナツメグの味』にも収録されていますが、伊藤典夫訳をすべて収録したかったとのこと。トランクに入る理由が無茶苦茶すぎて可笑しい。
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