『折れた竜骨』(上・下)米澤穂信(創元推理文庫M)★★★★★

 十二世紀イングランドを舞台にした異世界ミステリ。

 北海に浮かぶソロン島では不死のバイキングの襲来を前に、魔術〈強いられた信条〉によって領主が殺されてしまいます。その魔術をかけられた者は魔術師のいいなりになって人を殺し、しかも本人はそのことを覚えていないという……

 この設定を聞いただけで勘のいい方ならピンと来るかもしれません。本書は「ファンタジーだけどミステリ部分もしっかりしている」というような作品ではありません。むしろファンタジーであるがゆえにミステリとして先鋭化している作品なのです。

 殺害者が魔術師に操られているということは、動機の面から実行犯をたどることはできないのですから、ロジックによってのみそれが可能だということにほかなりません。

 真相に至るためのロジックは、ファンタジー由来のものばかりとはかぎりません。殺された夜に領主が待っていた人物をめぐる推理などはその最たるものでしょう。凶器をめぐる消去法の推理も圧巻でした。サラセン人魔術師の些細なせりふ、弓取り兄弟に隠された事実……膝を打ち舌を巻いてばかりでした。もちろん魔術が存在する世界だからこそのロジックもあります。遍歴騎士コンラートの、高潔とは言えない副業が、解決編になってこんな形で活きて来るとは――。

 幽閉された塔からの捕虜消失といういかにもミステリ的な謎もあります。

 主な登場人物は、遍歴騎士コンラート、ウェールズの弓取り兄弟イテル&ヒム・アプ・トマス、マジャル人の女エンマ、サラセン人魔術師スワイドら傭兵たち、吟遊詩人イーヴォルド、囚われのデーン人トーステン、ソロンの従騎士エイブ、探偵&助手役は異邦の騎士ファルクと従士ニコラ、領主の娘である語り手のアミーナ。戦士たちのなかに、剣士もいれば弓取りもいれば女もいれば魔術師もいる、というのはお約束ですね。戦闘シーンではおのおのが違った魅力の見せ場を披露してくれます。助手役が小さくて強いのにも、ちゃんと理由があります。けれどそういうのが当たり前の世界だから――と油断していると、見えるはずの事実も見えなくなっているのでご注意を。

 ロンドンから出帆し、北海を三日も進んだあたりに浮かぶソロン諸島。その領主を父に持つアミーナは、放浪の旅を続ける騎士ファルク・フィッツジョンと、その従士の少年ニコラに出会う。ファルクはアミーナの父に、御身は恐るべき魔術の使い手である暗殺騎士に命を狙われている、と告げた……。いま最も注目を集める俊英が渾身の力で放ち絶賛を浴びた、魔術と剣と謎解きの巨編! 第64回日本推理作家協会賞受賞作。(上巻カバーあらすじ)

 自然の要塞であったはずの島で、偉大なるソロンの領主は暗殺騎士の魔術に斃れた。〈走狗〉候補の八人の容疑者、沈められた封印の鐘、塔上の牢から忽然と消えた不死の青年――そして、甦った「呪われたデーン人」の襲来はいつ? 魔術や呪いが跋扈する世界の中で、推理の力は果たして真相に辿り着くことができるのか? 第64回日本推理作家協会賞を受賞した、瞠目の本格推理巨編。(下巻カバーあらすじ)

   


防犯カメラ