『タソガレ』沢村凜(講談社文庫)★★★★☆

 昼になじめず

 夜に溶けこめず

 タソガレどきは 短すぎる
 

「恩知らずな彼女」(2009)
 ――つきあいはじめて四ヵ月。初めていっしょに海外旅行するタイミングとして、最悪だったかもしれない。里美が空港のトイレに置き忘れたパスポートを届けてくれたのは、〈たま子先生〉に似ているご婦人だった。だというのに、パリの地下鉄で再会した〈たま子先生〉に、里美は「急いでいるので」とつれない態度を取った。

 まがりなりにもミステリ専門誌『メフィスト』に掲載された作品なのだから、帯やあらすじでネタバレするのはやめてもらいたいところです。もちろん単にそのネタだけの作品ではなく、ミステリだけに限っても、「リダ」や「マキちゃん」などいくつかの要素が埋め込まれていました。里美が自分のことを説明したあとで、「イチローに似てるって」と口にするご主人の無神経さには失望しました。佐々木倫子『食卓の魔術師』が登場。
 

「憶測の彼方に」(2010)
 ――ぼくたちは、里美の友人である井端梨李香さんと、公園で待ち合わせしていた。「里美のことで相談したいことができるかもしれないから、メルアド、教えてよ」井端さんと会って数日後、里美から「ストーカー」がいると電話があった。

 菊池寛恩讐の彼方に』が登場。主人公の特性を活かした、三者三様、ならぬ四者四様の「ストーカー」解釈が見事です。語り手の祐児はこの作品では文字通りの名探偵ですね。レストランで井端さんがメルアドをたずねる場面が、この作品での主人公の疑惑につながっていると同時に、最終話の井端さんの人となりにもつながっていたりと、こちらも一つのことに二様の意味づけが考えられていました。
 

「チャンスの後ろ髪」(2010)
 ――あの子を攫って、殺すと決めた。足を洗って故郷に戻ろう。コンビニを出た矢先、有名私立中学校の制服を着た少女に声をかけられた。自転車の鍵を落として困っているらしい。拾った鍵を手渡され、少女の消えた門柱には某外食チェーン店で知られる珍しい苗字があった。故郷で商売を始めるには、元手がいる……。

 この作品の語り手は詐欺師です。正確に言うと「元」詐欺師。里美の後輩をカモろうとしたしばらく後に、引退を決意、コンビニでばったりと里美と遭遇してしまう不運(?)の持ち主です。「日常の謎」とも言えないようなこのシリーズにおいて、何とこの作品では誘拐や殺人といったおどろおどろしい言葉が飛び交います。里美の特性が本人のあずかり知らぬところで影響を及ぼし、タイトルの意味にも通じているところがお洒落でした。
 

「テストの顛末」(2010)
 ――「梨李香、助けて。わたし、祐児に棄てられるかも。テストを受けなきゃならないの。合唱コンサートの出演者の中から、祐児を見つけなきゃならないの」あの日会って以来、わたしにとって寺尾は、好感度の高い男性だった。その寺尾が、里美にテストを課すなど、信じられなかった。

 これまで以上にミステリ味が減り、井端さんの人となりや、井端さんから見た祐児と里美が語られることで、シリーズを補完するような役割を担っています。最後、他人の視点を通して二人ののろけを読者に伝える(「あんなとろけそうな目で見つめてしまう人をさがすんだ。」)というのはなかなか面白い表現だと思います。

  


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