『でかい月だな』水森サトリ(集英社文庫)★★★★☆

 さてこれはファンタジーだったのでしょうか。満月の夜、ユキと綾瀬は融け合えませんでした。けれどそもそもキャラバンというものなど存在していなかったのだと考えればそれも当たり前の話です。その一方で、夜が明けて目を覚ましたユキは、釣り人から当て逃げがあったことを聞きます。当て逃げ即ち〈やさしさブーム〉が終わったことを告げる報せです。小説的には見事な構成と言えるでしょう。ではしかし現実的に考えてみて、やさしさブームのあいだ世界中で犯罪や悪意がなくなっていたのか――と問うてみるならば、正確なところはわかりません。確かに作中ユキがニュースを見る場面はありますが、ニュースというのは現実の断片を取捨選択したもののさらに断片でしかありません。

 結局のところ、事件を機に〈被害者〉となってしまったユキが、好むと好まざるとに関わらず変化した周囲との距離を認識し、戸惑い、理解し、やがてその距離をもとのように詰めてゆこうとする物語なのでしょう。本書で描かれたキャラバンや邪眼とは、作中で中川もものの見方の問題だと言っていますが、『ジョジョ』におけるスタンドのように、ある種の状況や概念を具象化したものだと思えば、非常にわかりやすい青春小説でした。

 また登場人物も、錬金術同好会の中川をはじめ濃いメンツばかりが揃っていてそれだけでも面白い作品です。なかんずく眼帯少女・横山かごめの個性にはびっくりです。姿勢が良くつねに伊達眼帯をつけ無口なところからは、いじめを受けているなんちゃって霊感少女を思わせます。――が、その実はライトノベルのキャラなみの饒舌毒舌キャラ。カルピスの原液にそっと水をそそぎ上澄みだけ飲んでまた水を注いで飲むのを繰り返すことで、得した気分になる、変人でもあります。

 ぼくを混乱と哀しみに突き落とし、あいつは町から消えてしまった――。中学生の幸彦は、友人綾瀬に崖から蹴り落とされて大好きなバスケができない身体になってしまう。無気力な日々を送るなか、目の前に現れた天才科学少年中川、オカルト少女かごめ。やがて幸彦の周囲に奇妙で不可解な現象が起こり始め……。繊細にして圧倒的スケールの青春小説登場! 第19回小説すばる新人賞受賞作。(カバーあらすじより)

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