『人形はライブハウスで推理する』我孫子武丸(講談社文庫)★★★☆☆

 人形シリーズはてっきり『人形は眠れない』で打ち止めかと勘違いしていたので、2004年発行(親本は2001年)のシリーズ最新作である本書を、今ごろになって読むことになりました。
 

「人形はライブハウスで推理する」★★☆☆☆
 ――ヤンキーのような男が私の部屋の前に座り込んでいた。「は…葉月!?」弟が地元から出て来るなんて初めてのことだ。「お父さんと喧嘩でもしたの?」次の日の朝永さんとのデートにまでついて来ようとする葉月を追い払い、家に帰って来たところで電話が鳴った。葉月が覚醒剤の売人を殺した容疑をかけられているという警察からの電話だった。

 動機や犯人が明らかにされない作品でも、トリックが印象的だったり事件自体がテーマ性を持っていたりすることでより印象深い作品になっていたりするものですが、本篇には何もありません。朝永さんのプロポーズが書きたかっただけだと感じてしまいました。
 

「ママは空に消える」★★★☆☆
 ――瑠奈ちゃんのお母さんが一時十分になっても幼稚園に迎えに来ない。「昨日から、ママいない」「どこに行ったの?」「お空の上のおばちゃんのとこ」それってまさか……。そのときようやく、瑠奈ちゃんのお父さんらしき男性が迎えに現れた。「奥様は風邪でも召されましたか?」「ええ、まあ……」風邪じゃない。もしかしたら亡くなっているのでは……。

 死に際にわざわざわかりにくい言葉を伝えるのが不自然であっても、死に際のメッセージではなく子どもへの言伝なら不自然ではありません。子どもにとってはわかりやすい言伝が、事情を知らない者には謎に聞こえるというのはままあることです。事情を知っているおむつが真相に気づけないのは、熱を出していたり朝永さんのプロポーズで悩んだりしていたからだ、ということにしておきましょう。この作品のおむつは驚くほど頭が悪く、事件が起きたのは自分が原因だと認めているだけではく、朝永さんや鞠夫すらそれをフォローしようともしません……。
 

「ゲーム好きの死体」★★★☆☆
 ――お洒落なレストランでバレンタインを過ごし、プロポーズの返事も……と思っていた矢先、電話が鳴った。小田切警部だった。被害者の妹が朝永さんのおっかけをしていたため、一応アリバイを証明してほしいというものだった。被害者はゲーム中に後ろから殴られて死んでいた。

 これは「ママは空に消える」とは違い○○ものであること自体が明らかにされてはいません。殺されたときに遊んでいたゲームソフトが見当たらないという謎が、犯人以外には確実に伝わるという理想的な形で明らかにされていました。下手に小細工をしていない現実的な○○○○○・○○○○○です。
 

「人形は楽屋で推理する」★★★☆☆
 ――「おむつ言ってただろー、嫁のもらい手がないって」カイくんからのプレゼントは婚約指輪だった。「カイくんが大人になった時、先生がまだ結婚してなかったら……」カイくんはあっさり頷き走り去った。ところがゴールデンウィーク、人形劇を見に来た公民館から、カイくんがいなくなった。

 嘘のような錯誤が扱われていました。叙述トリックではありませんが映像にはなじまない小説ならではの仕掛けではあります。ただのドジっ娘エピソードに見える伏線と、単純明快な逆転の真相が鮮やかでした。
 

「腹話術師志願」★★☆☆☆
 ――「三日前にテレビで先生の素晴らしい芸を拝見しまして、ビビっと来たんです」住み込みで弟子入りするといって朝永さんのところに押しかけてきた大河原という青年は、やる気も才能も常識もなかった。挙句の果てにはコンビニ強盗殺人の重要参考人として警察に連れていかれ……。

 ミステリとしては、謎も何もないところで勝手に推理を始められても、驚きも何もありません。腹話術の弟子入りという騒ぎがあまり事件と関係ないのもつまらなかったです。
 

「夏の記憶」★★★★☆
 ――今村真理ちゃんという友達が、二年生の一学期が終わりかけのころ、口を利いてくれなくなって、仲直りできないでいるうち、転校してしまったんです。真理ちゃんの好きな男の子が織田っていう名字だったので、「結婚したらおだまりになっちゃうね」って言ったわけです。転校するって知ったときには、もう怒っている様子はなかったんですが、仲直りしたみたいなふりをして、嘘の住所を教えたんですよ。手紙が宛先不明で戻ってきてしまったんです。

 これまでの作品とは違い、むかしの妹尾さんを知りたいという朝永さんののろけが、中学生だった妹尾さんと友だちのすれ違いという謎の真相としっかり結びついていました。喧嘩別れした親友との誤解を解いて一歩前に進むために必要な行動が、そのままむかしの妹尾さんをなぞることとイコールなのです。名前のことでからかって怒らせてしまい、転校先の嘘の住所を教えられたという日常の謎は、ささやかですがそれだけにリアリティと説得力のあるものでした。

  


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