『ミステリマガジン』2018年9月号No.730【“ミステリ考”最前線】

「特集“ミステリ考”最前線」

「大丈夫――彼はただ死んだだけだから」レイモンド・チャンドラー田口俊樹訳(It's All Right --He Only Died,Raymond Chandler,2017)
 ――金のない患者は都立病院にまわすことになっていた。ウィリアムズ医師はコートを脱ぎかけたが、病院の方針を思い出して家に帰った。

 チャンドラーの未発表原稿。1956〜1958ごろ書かれたと推測されるそうです。三人称ということを差し引いてもまったくチャンドラーらしくない作品で、小説よりもむしろ「著者の覚え書き」の方にチャンドラー節が強く現われていました。
 

ロス・マクドナルド『ギャルトン事件』を読む」若島正
 『ギャルトン事件』は未読なのであとまわし。
 

小鷹信光論 女子大でハードボイルド」池上冬樹

「進化するハードボイルド・ヒロインたち」穂井田直美

エドガー賞考」編集部

ジョン・ル・カレ インタヴュー」/加賀山卓郎訳

「ハヤカワ文庫 スパイ小説フェア開催記念トークショー」手嶋龍一×佐藤優
 トークショーだけじゃなく、この二人による註釈付きのスパイ小説があれば読みたいのに。

「『コールド・コールド・グラウンド』レビュー」小財満/糸田屯

『IQ』レビュー」北原尚彦/丸屋九兵衛
 安全地帯ではないところから書かれた北アイルランドという小財氏のレビューは読みたいと思わせるし、「ニガ(nigga)」と「ニガー(nigger)」の違いなどの指摘は丸屋氏ならではのものでした。
 

「裏切りの巨匠ルヘイン」編集部

「デイヴィッド・ヤング インタヴュー」三橋曉インタビュー
 東ドイツを描いた『影の子』の著者。これも面白そう。
 

「小特集〈幻想と怪奇〉語りと騙り」

「写本」マーガレット・アーウィン/小林晋訳(The Book,Margaret Irwin,1930)★★★☆☆
 ――新刊書を読む気分ではなかったコーベット氏は、伯父の残した神学書に手を伸ばした。翌日もその本を手に取ると、前日にはなかった文章が目に入った。「余は目的を完遂せずに死す。続けよ。汝、果てることなき研究を」。次々に現れる文章を実行し、うまくいっているように思えたが……。

 写本の言葉どおりに動かされて写本と反する現実の方こそ間違っているのだと感じるようになってしまうところや、唯一の解決策と思えることを実行したあとのことなどに、呪いの恐ろしさを感じます。
 

「嬰児」L・A・ルイス/小林晋訳(The Child,Leslie Allin Lewis,?/1934)★★★☆☆
 ――その森には入るなと言われた。我が子を殺して収監された女が脱走して逃げ込み、以来森から生き物がいなくなり、森に入った男はうわごとを繰り返しながら死んだという。

 怖さのポイントがよくわかりませんでした。女が産み落とした赤ん坊を育てていた○○――ではなく、野生化した赤ん坊が怖い
 

「海泡石のパイプ」L・A・ルイス/小林晋訳(The Meerschaum Pipe,Leslie Allin Lewis,?)★★★☆☆
 ――かつて連続殺人犯が住んでいた屋敷に、私は格安で住んでいた。家具調度もそのまま残っていて、パイプもその一つだった。消毒して使ってみると実に素晴らしい味わいだった。だがやがて近所でまたもやバラバラ殺人事件が起こり始めた……。

 まさにクラシックな作品
 

「ミステリマガジンの早川さん〈幻想と怪奇〉特別版」coco 

「蛍火が消える晩」町田そのこ(2018)★★★★☆
 ――逸郎がいなくなった。通帳の残高もなくなっていた。妊娠したお腹を抱え、わたしはあの場所に向かっていた。十五年前、父親を殺してきたという隆之と蛍を見に来ていたことにして共犯者になったのだった。そしていま、同じ場所で隆之と遭遇した。

 『ミステリーズ!』vol.89にも読み切り「おわりの家」が掲載されていました。どうやらミステリ界からも注目の新人さんのようです。確かに「おわりの家」にも「蛍火が消える晩」にもどんでん返しがあります。この作品の語り手と隆之はふたりともびっくりするほど家庭に恵まれていません。人間の嫌な部分を描きながら、読後感はそんなに悪くない作風。
 

「おやじの細腕新訳まくり(11)」田口俊

「逃げる男」ビル・プロンジーニ田口俊樹訳(The Running Man,Bill Pronzini,1968)★★★★☆
 ――隠れて乗っていた貨物列車から降ろされ、彼は日陰を探して砂漠を歩いていた。カレンは今ごろ半狂乱になって捜索願を出していることだろう。ようやく店にたどり着いたが、新たに入って来た二人の男に銃を突きつけられ、彼は店員ともどもホールドアップされてしまった。二人組によれば、ある男が列車から飛び降りる。逃亡車が待っていると信じて。だが待っているのは銃なのだ。

 凄いシチュエーションのなか、自分の命と娘の命を守るためと店主に決断を迫られたためとはいえ、いざというときに行動することができる勇気には惚れ惚れします。これほどまでの状況に陥らなければ行動できない人間だったのか、普段から決断することに慣れている人間だったのか、いずれにしてもきっかけとしてはとんでもない威力がありました。
 

「ミステリ・ヴォイスUK(108)エベレストと富士山」松下祥子

「Dr.向井のアメリカ解剖室(96)映画に見る日米感性の違い」向井万起男

「幻談の骨法(76)山尾悠子『飛ぶ孔雀』の世界開示。」千野帽子
 

「ショーン・ヘイゼル探偵事務所」丸山薫

「書評など」
『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』ロバート・ロプレスティは、タイトルと大矢博子絶賛からコージーっぽいのを連想したので興味をなくしていたのですが、「ヘンリイ・スレッサーのような短篇作家を愛する読者にとってはこれ以上にない珠玉の作品集」と書かれては読まないわけにはいきません。〈ドーキー・アーカイヴ〉の新刊はウェストレイク『さらば、シェヘラザード』

香納諒一『完全犯罪の死角 刑事花房京子』は、刑事コロンボでおなじみ倒叙もの。最近本格界隈では大倉崇裕倉知淳倒叙ものが好調なので、香納諒一のチャレンジにも期待したいところです。

◆周辺書からはジャック・ドゥルワール『ルパンの世界』、山崎まどか『優雅な読書が最高の復讐である』

◆ノンフィクションからは山田ルイ53世一発屋芸人列伝』、コミックでは田村由美『ミステリと言う勿れ』
 

  


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