『短篇ベスト10』スタニスワフ・レム(国書刊行会 レム・コレクション)

 読者投票および編者および著者によって選ばれたベスト15の原書から、2015年現在日本語での入手が容易な『未来学会議』『完全な真空』収録作を除いた全10篇が収録されています。収録順は原書通り、読者投票の人気順。

 ちょっと思ってたのと違いました。ノン・シリーズや単行本未収録作品は少ないんですね。選ばれているのはほぼすべて『ロボット物語』『宇宙創世記ロボットの旅』『泰平ヨンの航星日記』『泰平ヨンの回想記』『宇宙飛行士ピルクス物語』からであり、ノン・シリーズは「仮面」が一篇あるのみです。そもそも『航星日記』の「21」と「13」は本国では初版以来収録されていないという事情があるから本国での人気投票上位になったという可能性も……。

 初期の諷刺ユーモアはあまり好きではないので、待たされたわりには期待はずれでした。
 

「仮面」(Maska,1974)★★★★★
 ――初めに闇と炎がありました。それから、黒く煤けた多節の鉤が、わたしをさらに先へと渡し、わたしのなかに性が凶暴に流れ込んできました。そこは宮廷舞踏会でした。わたしはいったい何者なのでしょうか? わたしが伯爵令嬢であり、その介添え役であり、呪いで孤児になった海の向こうのヴァージニアであると、記憶は告げています。同時に多くの存在になれることなどできるのか? 「奥さま、お扇子が……」わたしはとうに自分で拾っていましたが、それがアルロードスとの出会いでした。

 本書のなかで唯一のノン・シリーズものです。予想できない(予想のしようもない)展開が待ち受けていました。自分が何者か、この記憶は本物なのか、自問しながら、そうした疑問を持つ権利すら取り上げられてしまったような、梯子を外されてしまったような、衝撃です。そういう存在なのです。愛されることを誘ない、殺すことを宿望しながら(それも自分の意思かどうかすら怪しい、本能かプログラムの可能性もありますが)、ある出来事によって、そのどちらも叶わなかった哀れな運命でした。

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