『ルピナス探偵団の当惑』津原泰水(創元推理文庫)★★★☆☆

 1994年と1995年に講談社X文庫から刊行されていた二篇を全面改稿+書き下ろしを加えたもの、だそうです。だから「二十世紀の黄昏の、」なんですね。
 

「第一話 冷えたピザはいかが」★★★☆☆
 ――犯人は意外ではなかった。その夜、編集者の勤野《ゆめの》麻衣子はエッセイスト岩下瑞穂のマンションをあとにし、駅前で食事。その最中に意を決しマンションに戻り、置物で瑞穂を殴り、殺害。エアコンのタイマーを設定すると、仕事机の上にあったピザを食べ、会社に戻った。

 プロローグにすべてが出尽くしています。犯人はなぜピザを食べたのか? 読み進めていくうちに、犯人はピザが嫌いだったことも明らかになり、ますます謎は深まります。

 元が少女小説なので、刑事の姉のコネで女子高生3人が事件に首を突っ込むという、現実的ではない設定になっています。謎解きに積極的なのは友人のキリエで、主人公の吾魚彩子《あうお・さいこ》はわりと及び腰、彩子が憧れている祀島《しじま》くんはマイペースで知識欲が旺盛。証拠を見つけるのは祀島くんの化石好きのおかげであり、ピザの謎が解けるのは彩子が訪れたカフェでの偶然がきっかけ。およそ探偵らしくない探偵ですが、現場だからこそ犯人に突きつけることの出来る証拠には絵的な説得力がありますし、ピザが嫌いだからピザを食べたという逆説には頭が良すぎる犯人のやらずもがなの機転が現れておりコロンボ的でした。

 ユッカやルピナスローデシアン・リッジバッグなど、植物や動物の名前がいろいろ出て来てにぎやかです。

 キリエの外見を描写した「存在しないボタンを幾つも外して着ているようだ」という文章をはじめとした、独特の感性や文体が味わえます。
 

「第二話 ようこそ雪の館へ」★★★☆☆
 ――温泉旅館に向かう途中、道に迷ってたどり着いた洋館は、カリスマ作詞家・天竺桂雅《たぶき・みやび》のものだった。館には、雅の弟・聖と、詩人の伊勢崎静子、書生の杉迫がいた。翌朝、アトリエに使っている中庭で、首を刺された雅の死体が発見された。中庭に通じる扉には鍵が掛かっており、積もっている雪にもあらされた形跡はなかった。

 ルビのつけられたダイイング・メッセージという謎がユニークです。被害者がルビなどつけるわけはないのですから、誰が書いたにしろ別の意味があるに違いないのですが――。ダイイング・メッセージや密室に関しては、第一話で言えばピザの謎の部分に当たり、推理が重ねられはするものの飽くまで推論であり決め手にはなりません。しかしその前フリがあって密室がいつ構成されたかが明らかになったからこそ、犯人にとどめを刺す証拠が生きてくるのですし、証拠が活かされるためきっちり伏線が張られている(どころか散々目の前に見せられている)ことにも驚きます。

 この話の伏線や、第一話のトイレやあんみつなど、摩耶が地味に活躍してるんですね。
 

「第三話 大女優の右手」★★★☆☆
 ――大女優・野原鹿子は舞台の上で力尽きた。心筋梗塞だった。遺体を楽屋に横たえ、代役を立てて舞台は続けられたが、救急車が到着したとき、楽屋から遺体は失せていた。終演後、遺体は観客席のトイレから見つかったが、右手首から先が切断されており、右手とブレスレットは見つからなかった。

 ミステリで切断の理由といったら、パターンも限られてくるわけですが、この事件の場合は、被害者が大女優だったからこその、通常とはひっくり返った動機でした。さてこの話のなかには三つの「見えないひと」が登場します。死体を移動した犯人、隠された死体、犯人の○○。さらには見えないひとを他人とは違う方法で見ることのできるひとまで登場します。見えないひとのバリエーションづくし。贅沢な一篇でした。

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