『呼び出された男 スウェーデン・ミステリ傑作集』ヨン=ヘンリ・ホルムベリ編/ヘレンハルメ美穂他訳(早川書房ポケミス1922)
『A Darker Shade of Sweden』John-Henri Holmberg,2014年。
編者前書きによれば、原書はスウェーデン・ミステリの英訳アンソロジーということなので、恐らく邦訳版も英訳版からの重訳だと思います。あるいはヘレンハルメ美穂担当分だけはスウェーデン語からの翻訳なのかもしれませんが、日本語版あとがきや解説の類がないのでよくわかりません。各作品巻頭に編者によるコメント、各作品末尾に日本語版の著者紹介あり。あまり記憶に残る作品はありませんでした。
「はじめに」ヨン=ヘンリ・ホルムベリ/山田文訳
スウェーデン・ミステリの概観。何しろ言及されているのがほとんど未知の作家なので、具体的なイメージを浮かべにくかったです。六〇年代からミステリが政治的、社会的な意味を持ち始めてきたというのがスウェーデン特有のものに感じられます。これは国民性というだけでなく、人口が少ない国だからこそでしょうか。日本のような人口一億人の国では、ミステリに限らず国民全体に影響を及ぼすようなものは考えづらいですから。
「再会」トーヴェ・アルステルダール/颯田あきら訳(Återförening,Tove Alsterdal,2013)★★★☆☆
――また会えたなんて信じられない! 三十年ぶりよ! 四人は乾杯した。マリーナが重役に就任したことに。ピーアが新しい恋人にプロポーズされたことに。アッゲが庭師になる夢を実現させたことに。ヨッヨの人生は仲間に披露できるようなものではない。“花を摘んでくる”と言ってそっと抜け出す。なにかの音がした。だれか立っている。「どうしたのよ? わたしが来るとは思わなかった?」と言ってリリスが笑う。これは夢だ。あのときのセーターを着ているはずがないもの。
創元推理文庫に『海岸の女たち』の邦訳があります。幽霊をきっかけに若き日の過ちと再出発を描いていて、ありきたりですがきれいな作品です。
「自分の髪が好きな男」シッラ&ロルフ・ボリリンド/渡邉勇男訳(Sitt hår tyckte han om,Cilla & Rolf Börjlind,2014)★★☆☆☆
――夜になると男は出かけていった。目指す家のベルを鳴らす。老女がドアを開けた。テープで痩せた老女の口をふさぐのはたやすかった。結束バンドを使って両手両脚を椅子に縛りつけた。コップに水を満たす。
書き下ろし。創元推理文庫から『満潮』の邦訳がある夫婦作家。残虐な猟奇殺人を繰り返す快楽殺人犯を描いた犯罪小説ですが、思わせぶりなタイトルと非現実に逃げた結末がマイナスでした。
「現実にはない」オーケ・エドヴァルドソン/ヘレンハルメ美穂訳(Aldrig i verkligheten,Åke Edwardson,2005)★★☆☆☆
――男は運転に集中していた。女はナヴィゲーター役だ。女に観察されていると感じることが最近増えている。海水浴場からパン屋に向かう。野球帽をかぶった男が立っていた。「なんの騒ぎです?」「ヘラジカの大家族が道を渡ろうとしているんです。ヘラジカをご覧になったことは? 食べ放題、飲み放題の見学はいかがですか? 七時に出発です」
結末が見え透いているわりに、ヘラジカ見学という微妙な引きなので、盛り上がらないまま終わってしまった印象です。
「闇の棲む家」インゲル・フリマンソン/中野眞由美訳(Då i vårt mörka hus,Inger Frimansson,2005)★★☆☆☆
――ヤニケはインガ=リサの紹介で医師の診察を受け、特効薬を処方された。服薬時に酒をひとくちでも飲めば呼吸困難になる劇薬だった。ヤニケは職場で毎日飲んだくれていたという理由で解雇され、彼氏にも捨てられた。すべてグンヒルドの嫉妬のせいだ。
集英社文庫から〈悪女ジュスティーヌ〉シリーズの邦訳が出ています。地味な犯罪小説が続くうえに、怪しげな医者と解雇の組み合わせが都合よすぎでした。
「ポールの最後の夏」エヴァ・ガブリエルソン/中村有以訳(Pauls sista sommar,Eva Gabrielsson,2014)★★☆☆☆
――八十歳になるポールが妻の墓参りにいくと、注文した覚えもない自分の墓石があった。自分の家に妻の義理の息子宛の手紙が届くようになった。ポールの死後、義理の息子パルムは財産は自分のものだと主張し、教会の牧師ルイースとポールの甥グンナルは真実を探る。
書き下ろし。『ミレニアム』のスティーグ・ラーソンのパートナー。ようやく肌触りの違う作品が出てきたのですが、なぜわざわざ生前から余計なことをするのかわかりません。
「指輪」アンナ・ヤンソン/稲垣みどり訳(Ringen,Anna Jansson,2003)★★★☆☆
――フレドリックは指輪を拾った。指輪物語の指輪だ。気が大きくなったフレドリックは、いじめっ子のトシュテンの自転車を盗んで出かけ、そこで死体を発見し、自転車を置いて逃げ去った。マリア・ヴェーン刑事は聞き込みを始めた。
創元推理文庫でマリア・ヴェーン・シリーズの邦訳があります。ヤングアダルト向けミステリも書いているという著者の特色もよく出ている子どもの活躍する作品です。ものすごい偶然から解決しますが、肝はいじめられっ子の勇気の話なので、ミステリどうこうは野暮でしょう。
「郵便配達人の疾走」オーサ・ラーソン/庭田よう子訳(Postskjutsen,Åsa Larsson,2014)★★★☆☆
――郵便配達人のヨハンソンは座った姿勢で背中を撃たれていた。若いリンドマルクは地面にうつぶせで頭をつぶされていた。強盗の仕業だろう。橇から大金が消えていた。ビョルンフート保安官とスペット保安官代理が事件を調べていると、郵便局員たちが犯人だという男を連れてきた。配達品のことを知っていたのはその男だけで、部屋でヨハンソンが携行していた拳銃も見つかった。
ハヤカワ文庫からレベッカ・マーティンソン検事シリーズが邦訳されています。ただし本作品はノン・シリーズの時代ミステリ。とはいうものの犠牲となった容疑者の人物像に現代性を感じます。
「呼び出された男」スティーグ・ラーソン/ヘレンハルメ美穂訳(Superhjärnan,Stieg Larsson,1972)★★☆☆☆
――おれは医者に呼び出され診察と検査を受けることになった。脳移植研究の権威が死に瀕しており、一流アスリートのおれの肉体が移植先に選ばれたという。冗談じゃない。おれに死ぬ気はない。
『ミレニアム』の著者十代の頃の同人誌が初出。いかにも若いころの作品らしく、さしたる説得力もないままトントン拍子に話が進んでゆきます。扉では原題が「Superhjärnan」ですが巻末コピーライトでは「Makthjärnan」となっていてどちらが正しいのかわかりません。
「ありそうにない邂逅」ヘニング・マンケル&ホーカン・ネッセル/ヘレンハルメ美穂訳(Ett osannolikt möte,Henning Mankell & Håkan Nesser,1999)★★☆☆☆
――娘とクリスマスを祝う予定で車を走らせていたヴァランダーは、道に迷ってレストランに入った。空いている席はない。ひとりで座っていた男に相席を頼んだ。その男も警察官だった。
それぞれの作者のシリーズ探偵と著者自身を邂逅させたファンサービス作品で、ファン以外には楽しみようがありません。でも(翻訳を通してとはいえ)文章はいちばん上手くて読みやすい。
「セニョール・バネガスのアリバイ」マグヌス・モンテリウス/山田文訳(Ett alibi åt señor Banegas,Magnus Montelius,2011)★★★☆☆
――バネガス大臣とアダムは持ちつ持たれつの関係だった。バネガスの浮気が夫人にばれないようにスケジュールを捏造するのもアダムの仕事だった。アダムが家に戻ると暗がりに男がいた。泥棒だ。咄嗟に殴ると当たり所が悪く死んでしまった。そのうえその男は泥棒などではなく義父だった。警察がやって来た。平静を保って対応するアダムだったが、警察から聞かされたのは、バネガスが死んだという事実だった。
元が不倫のアリバイのための噓なので、やってもいないバネガス殺しを疑われるという皮肉な展開といい、それを逆手に取った犯罪隠しといい、トリッキーすぎてユーモアすら漂っています。
「瞳の奥にひそむもの」ダグ・エールルンド/吉野弘人訳(Något i hans blick,Dag Öhrlund,2014)★★★★☆
――レニヤは悲鳴をあげながらバルコニーから落下した。即死だった。父親の泣き叫ぶ声が聞こえた。イェニー・リンド警部補はなにもかも腹立たしかった。一週間前、夫の浮気現場を目撃したことでイェニーの結婚生活は終わりを告げた。お腹の子供は中絶するつもりだ。被害者の少女はレニヤ・バルザニ、十七歳、クルド人。父親はレニヤが自分から飛び降りたと証言した。だがムスリムの男たちが娘や姉妹にそうしてきたように、彼が娘をバルコニーから投げ捨てたのだろう。煙草を吸ったからといって。恋をしたからといって。
著者は普段はノワールを書いているようですが、この作品は女性警察官を主人公として文化の異なる移民の問題に切り込んだ社会派小説です。父親の女性観も娘の覚悟もわたしたちとはまったく異なるという意味ではほとんど異世界ミステリです。裁判になるとしゃきっとするアル中に笑いました。父親の瞳のおくにひそんでいたものが何なのかわたしにはわかりませんでした。
「小さき者をお守りください」マーリン・パーション・ジオリート/繁松緑訳(Se till mig som liten är,Malin Persson Giolito,2014)★★★☆☆
――その女は片手で娘の手を引き、もう一方の手にペンを握っていた。息子はベビーカーに座っている。迷子対策のIDタグの代わりに手に電話番号を書いておけばいい。一周だけ。マーケットを一周したら家に帰ろう。ほんの一瞬の隙に娘がいなくなった。ペトラ、というのがその女の名前だった。シングルマザーではない。相手の男がいなくなったのだ。警察が呼ばれた。
恐らく母親自身も気づいていないであろう虐待の芽に女性警官が気づいたものの、それが活かされることはありませんでした。たいていのことはやはりこのように流されてしまうのでしょう。
「大富豪」マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー/関根光宏訳(Multimiljonären,Maj Sjöwall & Per Wahlöö,1970)★★☆☆☆
――何年か前に私たちはある大富豪と出会った。マクグラントは大富豪になったいきさつを私たちに教えてくれた。「サンフランシスコまでの片道切符だけを渡すから、一年間そこで暮らしてみろ。そうすればすべてを譲ろう」と父親に言われ、一文なしでサンフランシスコに放り出されたマクグラントは、「満足できなければ返金します」というレストランに入った。
マルティン・ベック警部シリーズの著者二人による唯一の短篇。ただ飯を喰らい、ただで車を乗り回し、テーブル上のチップを掠め取るなど、都会では無一文でも何とかなるものだというのを、さすがに誇張して書いています。
「カレンダー・ブラウン」サラ・ストリッツベリ/ヘレンハルメ美穂訳(Kalender Braun,Sara Stridsberg,2008)★★☆☆☆
――長いあいだ、あなたは公的な写真から消されている。あなたの愛する人が、女性といっしょにいるところを、公に見られてはならない、という考えの持ち主だから。一九四四年六月、イギリスの諜報機関はまだ、あなたのことを彼の秘書だと思っている。
著者はナボコフ『ロリータ』の「ドロレス・ヘイズの人物像を完成させ、新たな解釈を加え」た作品も書いているそうですが、本作品もヒトラーではなくエヴァ・ブラウンにスポットを当てています。昔の作品や出来事を女の側から描くというだけの安易なフェミニズムにはうんざりです。
「乙女の復讐」ヨハン・テオリン/ヘレンハルメ美穂訳(Jungfruns hämnd,Johan Theorin,2008)★★★★☆
――ヨンとイェルロフは漁に出かけた。時化になりそうだが、網を流されるわけにはいかない。“青い乙女”と呼ばれる島の近くに人のいない小舟が漂っていた。島に上陸し、小舟に積んである石を捨てていると、なかから人骨が現れた。イェルロフが海を見渡し、島の上のほうを見やってから言った。「見るんじゃないぞ、ヨン。だが上の方にだれかいると思う」
『黄昏に眠る秋』などポケミスでお馴染みの作家です。島と時化というのがちゃんと伏線にもなっていますし、わざわざ解説で当時は煙草云々と書かれているように煙草の扱いも巧みです。
「弥勒菩薩《マイトレーヤ》」ヴェロニカ・フォン・シェンク/森由美訳(Maitreya,Veronica von Schenk,2014)★★★★☆
――父親のオークション会社の手伝いをしていたステラのもとを上司が訪れた。潜入捜査している麻薬組織が美術品売買もおこなっているので、美術の専門知識のある捜査員が必要だという。潜入したステラは紀元一世紀ごろの弥勒菩薩像に心を奪われた。元恋人の潜入捜査官が殺され、ステラは孤軍立ち向かう。
書き下ろし。本書のなかではかなりオーソドックスな警察小説です。組織によって個人がないがしろにされたせいで被害が拡大する、そんなどこの組織にもありそうな問題が描かれています。
「遅すぎた告白」カタリーナ・ヴェンスタム/内藤典子訳(Sent ska syndaren vakna,Katarina Wenstam,2007/2014)★★☆☆☆
――シャーロッタに電話がかかってきた。二十六年前、シャーロッタ最初の殺人事件の被害者の母親からだった。「あのときなにがあったのかお話ししたいの」一年前、警部に昇進したことでシャーロッタの同性愛が新聞記事になった。母親はそれを読んだという。
原題は「間違いに気づくには時間がかかる」という意味のイディオムだそうです。この真相をわざわざシャーロッタに話そうと思うのが鬼畜だと思うのですが、挑発ではなく悔いているということでよいのでしょうか。
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