『12人の蒐集家/ティーショップ』ゾラン・ジヴコヴィッチ/山田順子訳(東京創元社)★★★☆☆

 『Twelve Collections and Teashop』Zoran Živković。2007年刊行の英訳本からの翻訳。掌篇連作『12人の蒐集家』に短篇「ティーショップ」を併録したものです。誰が最初にボルヘスになぞらえたのかわかりませんが、ボルヘスとは全然ちがう、ファンタジーらしいファンタジーです。
 

『12人の蒐集家』

「1 日々」★★★☆☆
 ――そのケーキショップに入ったとたん、紫色の波に洗われた。八ページにわたるメニューには、聞いたこともないケーキの名前が記されていた。「お勧めはなんだい?」「詰めこみモンキーをめしあがったことは? 代価はお客さまの過去の日々でございます」

 不思議という観点からはわりと平凡な、不思議なお店です。「またのご来店を」の「また」があるということは一度目があるということ――ですね。
 

「2 爪」★★★★☆
 ――プロハスカは切った自分の爪を蒐集していた。大人になって両親の家を出ると、数か月かけてビニール袋からシガレットケースに移し替えた。だが不安がきざした。もし泥棒が入ったら、シガレットケースだけ盗んで中身は捨ててしまうだろう。プロハスカは数回にわけて銀行の貸金庫に収めていった。

 バカバカしさを突き抜けると傑作になるのがわかります。プロハスカは爪をいつくしむあまり現実を超越してしまいましたが、コレクター心理なんて程度の差はあれ恐らくみんなこんなものなのでしょう。
 

「3 サイン」★★★☆☆
 ――公園のベンチにすわり新聞を読んでいたわたしに、小柄な老人が声をかけた。「毎年、三万人の人間が死ぬ。つまり一日に八十人の人が死ぬ計算になる。ある気の毒な男は、九階から落ちてきたピアノに生命を奪われた。象に踏みつぶされた理容師もいる……あんたのサインをもらえんかね」

 語られる死に方自体もさほど奇妙なものではありませんし、結末も予想の範疇でした。
 

「4 写真」

「5 夢」★★★☆☆
 ――電話の音で目が覚めた。「もしもし」「こんばんは。夢の蒐集家です」「勝手に蒐集してくれ」「許可がいただけないと報酬をさしあげられません。紫色の夢は非常に稀なのです。いくつかの質問に答えていただけますか。夢の蒐集には厳格なルールがあるのです」

 こういうパターンもあるんですね。第一話のケーキショップは当然のこと代価を支払っていますし、第三話もサインしてしまったから語り手は覚悟を決めたのですし、夢にかぎらず蒐集には対価交換のルールがあるようです。
 

「6 ことば」★★★☆☆
 ――プルシャルは言葉を蒐集している。紫色の花の描かれた愛の詩集を買い、美しいことばをノートに書き留めた。

 本書には「日々」や「夢」といった形のないものを蒐集する人々が登場しますが、プルシャルが蒐集しているのは「ことば」といっても形のないものではなく、書物から美しいことばを書き留めているだけです。言うなればごく普通の、他人には何の価値もないものを集め続けたごく普通の蒐集家の一生でした。
 

「7 小説」★★☆☆☆
 ――最後の行を書き終えた途端に、モニターの画面が紫色に変わってしまった。ふたたび明るくなった画面には文字が浮かんでいた。「すばらしい作品だ! おめでとう!」わたしはキーボードに指を走らせた。「あんたは誰だ?」「最後の作品の蒐集家」

 二番煎じです。
 

「8 切り抜き」

「9 Eメール」

「10 死」

「11 希望」

「12 コレクションズ」★★☆☆☆
 ――ポコルニーは各種のコレクションを蒐集している。〈全知の語り手〉というわたしの立場の特権を利用して、ポコルニーのコレクションについてお知らせしよう。

 予想通りにこれまでの各篇を踏まえた作品でしたが、それらを組み込んでひとつの大きな作品になるようなものではなく期待はずれでした。そういった仕掛けは次の「ティーショップ」で遺憾なく発揮されることになります。
 

ティーショップ」★★★★☆
 ――列車に乗り遅れたグレタは、駅前のティーショップに入り、四ページあるメニューの中から、〈物語のお茶〉を注文した。数分後、グレタはお茶を飲んでカップを置いた。「お気に召しましたか?」「ええ」「それでは物語に移れますね」ウエイターは咳払いをしてから口を開いた。「三十三回目の処刑まで、処刑人はとどこおりなく任務を遂行しておりました。それがなぜか突然、健康そのものだったのにサナトリウムに入ってしまいました……」

 ケーキショップと蒐集家の話で始まり、植物蒐集家が出てくるティーショップの話で終わる英訳版の構成がニクいです。不思議や奇妙というよりも、奇想天外でギャグのようですらある物語のリレーの終着点は、奇術を見ているようなめくるめくものでした。どちらかといえば初めから運命に組み込まれていたというよりは、物語話者たちのアドリブのようで、現実を巻き込んでくれるこんな物語会をリアルで体験してみたいと切に思いました。
 

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