『ナイトランド・クォータリー』vol.18【想像界の生物相】

「Night Land Gallery 国立民族博物館・特別展「驚異と怪異――想像界の生きものたち」」

「マンタム選 想像界の生き物図鑑」

塹壕からの「準創造」――『トールキン 旅のはじまり』」岡和田晃

「開田祐治インタビュー ノイズの中から生まれるイメージ」

「マンドラゴラ売りの口上」イブン・ダニヤール/岡和田晃訳/藤原ヨウコウ画(夜の国の幻視録 その2)
 

 特集タイトルの想像界とは、国立民族博物館特別展から採られたようですが、例えば「架空の生物」とか「モンスター」とは何が違うのか、ご大層な用語を用いているわりには、少なくともグラビアページに掲載されていたのは“どこかで見たことのある”ようなものばかりでした。
 

「大空の恐怖」アーサー・コナン・ドイル/田村美佐子訳(The Horror of the Heights,Arthur Conan Doyle,1913)★★★★☆
 ――これは行方不明になったジョイス=アームストロングが残した手記の断片である。飛行士たちの不可解な事故が頻発していた。有り得ない垂直上昇や、首のない死体……。雨が降り出した。厚い雲を抜け、ほっとした瞬間だった。わたしはクラゲのようなものの群れのただ中にいた。紫がかった蒸気のかたまりがふわふわとおりてきて、獲物を狙う猛禽さながらに追いかけてきた。

 『ドイル傑作集3 恐怖編』にも収録されている作品の新訳です。古いタイプの小説らしく手記の出所にこだわっているわりには、手記自体の成立に信憑性がない(なんで最後の瞬間にわざわざ操縦席でメモする余裕があるのか……)のが興醒めでしたが、空や海といった人類の力の及ばぬ世界に存在している未知の生物というモノには怖いながらもロマンがあります。ことさらに人を襲うモンスターではなく、ただそこに存在している生き物のところに人間が紛れ込んでしまっただけというところに、魅力を感じます。
 

「【ブックガイド】眩惑と驚異のメタテクスト空間へようこそ」岡和田晃

クルディスタンの異邦人」E・ホフマン・プライス/岡和田晃(The Stranger from Kuldistan,E. Hoffmann Price,1925)★☆☆☆☆
 ――「邪悪なものを崇める寺院に、どうして祭壇や磔刑像があるのです?」異邦人がたずねた。「司祭によってサタン崇拝者の不倶戴天の敵キリストをパンに受肉させ、黒ミサで聖体を穢すのです」七十七名の信徒は頭を垂れた。高司祭はサタンを呼び出す呪文を唱え始めた。

 黒ミサの光景があまりに古くさいうえに、本気なのかと目を疑いたくなるようなイエスとサタンのバトルが始まってしまいました。。。
 

「マレクの復活」ポール・ヘインズ/岡和田晃(Malik Rising,Paul Haines,2005)★★★★☆
 ――タウルスは試験管を私たちの前に置いた。「これが“それ”なんだよ」注射器を試験管に挿入し、不透明な液体を吸わせた。「さあ、誰が最初にやる?」。これは信念の問題だ――私より強い信念の持ち主はいない。私は天使になるんだ。私は袖をまくりあげた。「子どもたちよ、雑踏に入り込め」

 マレクとは語り手の男性の名前であると同時に、恐らくは天使の語源になったヘブライ語の「Malach(Malakh) 伝令」を意味するのでしょう。復活した天使は、確かによからぬものを伝播しに行くようです。
 

能楽「土蜘蛛」――日常と地続きの怪異の恐ろしさ」待兼音二郎

「【ブックガイド】双角の預言者、あるいは錬金術師の父祖――山中由里子アレクサンドロス変相』を素描する」岡和田晃
 

「ガーヤト・アルハキーム」仁木稔

「アンソロジーに花束を(1)謎の物語」安田均
 

「レオポルトシュタット街のゴーレム」タラ・イザベラ・バートン/待兼音二郎(The Golem of Leopoldstadt,Tara Isabella Burton,2014)★★★★☆
 ――父は臨終の床にあった。兄のコルネリウスは聖別された存在で、生き延びた男の子だった。ナチスの暴虐が始まったときにも、将校夫人の母性本能をくすぐり逃れられたという。神はクララを選ばなかった。土人形づくりだけが彼女の特技だった。

 聖書からの引用が多く、理解したとは言いがたい。捏造された神話を暴き、復讐する神の裁きに自らを重ねる姿は、聖書と伝説の形を借りた、虐げられた少女によるイマジナリーフレンドの具現化のようでもあります。
 

「ヴンダーカンマーの時代とモンスター映画の間 ゴーレム編」深泰勉

「三宅陽一郎インタビュー AIは人間の幽霊を見るか」徳島正肇・文
 

「山の中へ、母なる古齢の森の中へ」クリスチャン・ライリー/大和田始(Into the Mountains with Mother Old Glowth,Christian Riley,2015)★★★☆☆
 ――ケヴィンはトレイルに沿って歩き出した。二週間一人で山の上で過ごしたいという欲求を妻のヴァネッサは理解できなかった。そのうえバックパッカーの殺人事件があったところだ。ケヴィンは一日目を乗り切った。そrはトレイルを百メートル戻ったところからやってきた。樹木を引き裂く大きな音、土と石を掻き回す深い音、数分にわたってつづく呻き。爆風と、それに伴って運ばれた堆肥の臭い、そして他の……血糊?

 生贄を求める太古の地母神のような禁忌に触れはするものの、どうも夫婦仲もうまくいっていないようですし、崩壊は来たるべきして来たようです。
 

「台湾土俗ホラーが怖い!」加藤浩志
 

「リトル・マーメイドたち」アンジェラ・スラッター/徳岡正肇訳(The Little Mermaid,Angela Slatter,2017)★★★★☆
 ――私の母も選択をした。大海の片隅にあるこの昏い洞窟に棲む老いたる海の魔女を訪れ、己の運命を完璧に塗り替えた。最初の望みを叶えるために子を為す力を魔女に差し出していた母は、再び魔女の元を訪れ、「何でも与える」ことを約束した。母は双子を産んだ。母が死んだあと、王国の統治権は一ヶ月ごとに私と妹の間を往復した。けれど海の魔女から書状が届き、母は彼女に借りがあり、私たちはそれを返す必要があると記されていた。

 人魚姫をモチーフに、ギブ・アンド・テイクの原理原則が受け継がれてゆきます。身勝手な願いを残したまま勝ち逃げした母と、残された負の遺産を引き継がねばならない子。要領よく立ち回って利益を得た妹と、負債を背負わされた姉。二通りの対比が描かれます。そして子は為さぬとも負の遺産だけは残し続けていくようです。
 

「「DOOM」――怪物と踊るビデオゲームの快楽」徳岡正肇

「ヴンダーカンマーの時代とモンスター映画の間 人魚編」深泰勉

「【新刊紹介】石神茉莉『蒼い琥珀と無限の迷宮』」深泰勉

「バリ、ダイビング・ポイントの怪」友成純一

「書斎の中のもの」ウィリアム・ミークル/渡辺健一郎訳
 カーナッキもの。

「バリのレヤック」友成純一

「一休葛籠」朝松健

「怪物のアイデンティティ――鳥の王「ロプロプ」のうつろう形象」松島梨恵

「【ブックガイド】「人間ならざるもの」が未来と過去を相対化する」岡和田晃

「【ブックガイド】想像界の生物相を探究するために」岡和田晃
 

「ラミアとクロミス卿」M・ジョン・ハリスン/大和田始(The Lamia and Lord Cromis,M. John Harrison,1971)★★☆☆☆
 ――〈八獣〉のうちの一匹だという噂の〈獣〉を仕留めにやって来たクロミス卿は、女の不吉な予言も気にせず、カーンと小人とともに道を進んだ。

 かつてサンリオSF文庫で出ていた同じ〈ヴィリコニウム〉シリーズの長篇『パステル都市』は傑作らしいのですが、この短篇を読んでも面白さはよくわかりませんでした。
 

  


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