「ハヤカワ時代ミステリ文庫創刊」
「戯作屋伴内捕物ばなし――天火の怨念」稲葉一広 ★☆☆☆☆
――化け損ないの狸みたいな外見の小男こそ、戯作屋の広塚伴内だ。女絵師のお駒が幽霊を見たと言って、伴内が書いた「天火」の瓦版を見せた。その火事で死んだはずのおもんちゃんが、巡礼姿で旅支度の若い侍と連れ立って歩いていた。
こういうキャラクター小説というか水戸黄門型ミステリというか、テンプレートに乗っけてるだけの作品は、よほどキャラや型に魅力がなければ面白くありません。
「『影がゆく』刊行記念エッセイ」稲葉博一
「『よろず屋お市 深川事件帖』刊行記念 誉田龍一メールインタビュー」
どちらも創刊ラインナップの一冊。『影がゆく』は忍者小説。『よろず屋お市』は、『女には向かない職業』だそうです。
「翻訳ミステリジャンル別 お勧め時代小説ガイド」細谷正充
「翻訳ミステリジャンル別」というのはつまり、「サイコもの」「ノワール」「倒叙もの」といった区分けのことです。『よろず屋お市』で『女には向かない職業』にチャレンジした誉田龍一氏には、『刑事コロンボ』に挑んだ『見破り同心 天霧三之助』という作品もあるそうです。
「脱兎」大塚卓嗣 ★★★★☆
――〈こうなったからには手段は選ばぬ〉京からの早馬により凶報を聞いた森長可は心に誓った。織田信長、本能寺にて横死。長可の目標は、いかにして本領・濃州金山へ戻るかということになった。〈まったく油断した〉と、木曽の嫡男・岩松丸は思う。城が奇襲を受けたとき、少年は真っ先に父・義昌の心配をした。だがすでに父は本丸へと逃げ出しており、少年は長可に捕まってしまった。長可は岩松丸を人質にして、「情を測る」と言い出した。木曽家が人質の命を鑑みるか、無視するか。
10月刊行の第二陣ラインナップ『天魔乱丸』の著者による書き下ろし。『天魔乱丸』はあらすじを読む限りでは時代小説というよりは森蘭丸を主人公にした伝奇小説っぽいのですが、本作品はその蘭丸の兄・長可を主人公にした歴史小説です。どこからどう見ても無茶苦茶な人物なのになぜか魅力があるという点は、主君の織田信長に相通ずるものがあります。
「このヒーローがすごい!」大矢博子・末國善己
『陰仕え 石川紋四郎』冬月剣太郎 ★★★★☆
――針之介は父の急死により、同心見習いから定町廻りの本勤に抜擢された。その針之介は紋四郎を便りにして、さまざまな相談事を持ちこんでくる。このひと月の間に、霧が出る晩に限って三人もの読売が殺されていた。紋四郎は妻のさくらの目を盗んで、読売殺しを待ち伏せしようとする針之介につきあうことになった。果たして霧の中、読売殺しが現れた。
10月刊行の長篇より冒頭部分の抜粋です。刊行予告欄に「トミー&タペンス」とあるように、紋四郎の心配をよそに好奇心と冒険心から事件に首を突っ込むさくら
「読み本屋のワラシさま」霜月りさ
――読み本屋を営む余市は、伝奇物や怪談噺を集めお客を増やそうとしていた。が、まさか本物の幽霊に居座られるとは……その子供の幽霊は、やってきた客と余市の会話を耳にしてぴったりの本をひそかに教える。余市は困惑しながらも、その本好きの幽霊に読み聞かせをするが、はたしてなぜこの子はこのような存在になってしまったのか……?(解説あらすじより)
『本屋のワラシさま』のスピンオフ過去篇。明らかにファンタジーやライトノベルっぽいので読んでません。
「おやじの細腕新訳まくり(15)」田口俊樹
「ふたりが寄れば……」シリル・ヘアー/田口俊樹訳(It Takes Twoo...,Cyril Hare,1949)★★★☆☆
――人をひとり子反るには人がふたり要る。十二月の薄暗い夕暮れにテッド・ブラックリーはデリク・ウォルトンを殺した。マラード宝石店の店員で、死亡したときにはポケットにダイヤをいくつか持っていた。ブラックリーは数ヵ月に及ぶ調査によって、ウォルトンの外見的な特徴を調べつくしていた。ウォルトンのように伸ばしはじめた口ひげを撫で、ブラックリーはいつもウォルトンが乗っている列車に乗った。
内容自体はよくある皮肉な結末を迎えるのですが、この作品がよくあるものとは一線を画すのは、訳者あとがきにあるような二づくしなのでしょう。
「書評など」
◆ポケミス『カルカッタの殺人』アビール・ムカジーは、英領インドが舞台のミステリ。英国推理作家協会賞を受賞しているということは、インドミステリではなく英国ミステリの模様。著者名からするとインド系っぽいけれど。同じくポケミスの『名探偵の密室』クリス・マクジョージは、タイトルから連想されるような本格系ではありません。
◆道尾秀介『いけない』は、ホラーもののようなタイトルですがそうではなく、リドル・ストーリーばかりの短篇集。書き下ろしアンソロジー『蝦蟇倉市事件』に収録されていた「弓投げの崖を見てはいけない」などが収められています。
◆逢坂剛『百舌落とし』は、なんと百舌シリーズの完結篇。第一作『百舌の叫ぶ夜』から数えて三十三年だそうです。
◆クリステン・ルーベニアン『キャット・ウーマン』は、風間賢二氏によれば「新タイプのシャーリイ・ジャクスン」。シャーリイ・ジャクスンの名前を出されると気になります。
◆ジャック・フットレル『思考機械【完全版】』全2巻は、本国でも実現していない全作品集。復刊・新訳欄ではクレイトン・ロースン『首のない女』についても、カーター・ディクスン『白い僧院の殺人』と比較するような形で言及されています。
◆押見修造『惡の華』が実写映画化されたようです。原作漫画は思春期の中学生の大真面目が客観的に見るとギャグになっているという超絶的な作品でした。舞台では三谷幸喜『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ』。また、篠原健太『彼方のアストラ』がアニメ化されていました。
「第9回アガサ・クリスティー賞選評」
「ミステリ・ディスク道を往く(9)シンガーソングライター「シマダソウジ」」糸田屯
「特集 シャーロック・ホームズ 最終講座」
「迷える少年たち」コルネーリア・フンケ/日暮雅通訳(Lost Boys,Cornelia Funke,2014)★★★★☆
――ニコラス・ホーキンズと名乗ったその少年を初めて見た瞬間、私は不吉な予感がした。ベイカー街不正規隊の面々とは違っていた。君に問い詰められた少年は「戻らなくちゃ。家を出たのは間違いでした」と口にした。「それにはイエスともノーとも言える」と君は言った。「シャツを開けて、君の胸と背中にある傷跡を、医者であるワトスン君に見せてあげてくれないかな」
ベイカー街不正規隊に紛れた少年の身に起きている現代的なテーマ、それをホームズの少年時代と重ねる手法。この二つによって、ホームズが単に事件を解決するだけではなく、真に救っていました。著者はドイツ人ですが初出はホームズ・テーマのアメリカのオリジナル・アンソロジー。
「シャーロック・ホームズとの夕べ」ジェイムズ・M・バリー/日暮雅通訳(My Evening with Sherlock Holmes,James M. Barrie,1891)★★★☆☆
――私はあらゆることを誰よりもうまくやるのが愉しみ、という性格の男だ。哀れなホームズにとって波乱の夕べとなった。彼が「ミスター・アナン、あなたのシガーカッターの状態からするに、音楽がお好きではないようですね」と言ったときも、つまらなそうな顔で「明白なことです」と答えた。ホームズはぎくりとして憤慨したような顔になった。「最近田舎へいらしたんですね、ホームズさん?」「見たんですか?」「いえ。でも帽子をひと目見ただけでわかりました」
『ピーター・パン』の著者による、最古のホームズ・パロディ。今まで未訳だったことに驚きです。ホームズ流の推理をデタラメだと断じて、それを上回るデマカセでホームズをやり込めるという、パロディの常道のようにも見えます。ただしこの作品、ナンセンスなものではなくて、ホームズをやり込めるアナン氏の推理もそれなりの手続きを踏んでいます。
「迷宮解体新書(112)深水黎一郎」村上貴史
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