『死神の浮力』伊坂幸太郎(文春文庫)★★★★★

 短篇集『死神の精度』に続く、死神シリーズ第二作の長篇です。

 今回千葉が担当になったのは、山野辺遼という小説家です。山野辺の一人娘を殺した本城崇は、人間らしい良心の生まれつき欠如したサイコパスでした。そんな本城が裁判で無罪判決を受け、山野辺の自宅前が記者たちで騒然としているところに、千葉が現れます。

 山野辺の生死を見極める調査のため、本城を追う山野辺に千葉は同行しますが、山野辺夫妻を待ち受けていたのは、良心を持たない人間によるゲーム感覚の悪意でした。

 ほぼ時を同じくして本城にも担当者・香川が就いていました。いつものようにきちんと調べもせずに「可」を出すのだろうと考えていた千葉に、香川は興味深い話を聞かせます。間違った道路標識に従って徴収した罰金を返還したというニュースに倣い、情報部が間違って奪った命の辻褄合わせのために「還元キャンペーン」をおこなっているらしいのです。

 感情がないというよりも、他人の神経を逆なでする能力が特化しているサイコパス・本城の胸くそ悪さに読むのもつらいのですが、それこそ人間らしい感情などあるはずもない千葉のピントのずれた言葉が、山野辺夫妻のみならず読者の心もなごませてくれます。

 一応のところは、娘の仇を追う父母の復讐行が中心になっているので、勧善懲悪サスペンスとして読みやすく話をたどっていけるのですが、前述したように「還元キャンペーン」があるほか、山野辺の小説家としての立場からハッピーエンドについても触れられている場面があり、このまますんなりと終わるのか、不安を抱えながら読み進めてゆかざるを得ません。

 娘を失った山野辺が、会社人間だった亡き父親の思い出に触れながら、「死」や「恐怖」について印象的です。490ページで明らかにされる、父親の父親らしさに胸を打たれました。

 娘を殺された山野辺夫妻は、逮捕されながら無罪判決を受けた犯人の本城への復讐を計画していた。そこへ人間の死の可否を判定する“死神”の千葉がやってきた。千葉は夫妻と共に本城を追うが――。展開の読めないエンターテインメントでありながら、死に対峙した人間の弱さと強さを浮き彫りにする傑作長編。(カバーあらすじ)
 

  


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