『ほんとうの花を見せにきた』桜庭一樹(文春文庫)★★★★☆

 3つの短篇――というよりは、各作品の結びつきが強いので、3章から成る連作長篇という方が適切でしょう。

 一話目の「ちいさな焦げた顔」は、組織に家族を惨殺された少年・梗ちゃんが中国奥地に起源を持つ吸血鬼〈バンブー〉ムスタァに救われ、ムスタァの相棒・洋治と三人で共同生活を送りながら成長してゆく物語です。

 正直なところ前半は少年とバンブーのやり取りなどに少女趣味が強くて、面白いけれどちょっとヒキ気味で読んでいたのですが、成長する人間としないバンブーとのすれ違いが顕在化してくるあたりから雰囲気が変わり始めます。さまざまな形で明らかにされる、成長すること/しないことの残酷さは、涙なくしては読めませんでした。

 表題作となっている第二話「ほんとうの花を見せにきた」の主人公は、第一話の梗ちゃんに関わりの深い二人・茉莉花と桃です。かつてのあの町から逃げてきた二人は、人を驚かして血を頂戴しながら旅を続けています。茉莉花と桃はムスタァと梗ちゃんのような関係ではないため、茉莉花を待ち受ける運命は、どちらかというと残酷というより惨めです。けれどその代わり――と言っていいのか、第一話で茉莉花が受けたであろう人間の記憶に関するショックが、フォローされるところに救いがありました。

 第三話「あなたが未来の国に行く」は、日本バンブーたちのルーツ〈竹族〉のことが描かれます。知的ゆえに異端児である王女といつまでもちいさいままの弟王子が、竹族の庶民たちと交流を持ったり、革命によって人間たちと相対せざるを得なくなったりしてゆきます。語り手である理知に満ち自己表現に飢えた姉がとても魅力的でした。なるほど才人の遺したものを凡人が愚直に運用しようとすると第一話のようになるのでしょう。「そのころ私にはちいさな弟がいた」で始まり同じ文章の段落で終わる構成からは、短い作品でありながらも『赤朽葉家』のようなサーガにも似た壮大さを感じました。

 中国の山奥からきた吸血鬼族バンブーは人間そっくりだが若い姿のまま歳を取らない。マフィアによる一家皆殺しから命を救われた少年は、バンブーとその相棒の3人で暮らし始めるも、人間との同居は彼らの掟では大罪だった。禁断の、だが掛けがえのない日々――。郷愁を誘う計3篇からなる大河的青春吸血鬼小説。(カバーあらすじ)

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