『スペース・オペラ ジャック・ヴァンス・トレジャリー』ジャック・ヴァンス/浅倉久志・白石朗訳(国書刊行会)★★★☆☆

スペース・オペラ白石朗(Space Opera,Jack Vance,1965)★★★☆☆
 ――未知の惑星ルラールから来た〈第九歌劇団〉は素晴らしい演目を披露したあと、忽然と姿を消した……オペラの後援者デイム・イサベル・グレイスはその失踪の謎を解決するため、地球の歌劇団をひきいて様々な惑星をめぐる宇宙ツアーに乗り出すことを計画する。イサベル・グレイスならびに歌劇団の面々とともに宇宙船ポイボス号に乗り込んだのは、〈第九歌劇団〉を招いた団長にして宇宙船船長アドルフ・ゴンダー、音楽学者バーナード・ビッケル、イサベルの甥のロジャー・ウール、そして謎めいた美女マドック・ロズウィン。かくして波瀾万丈のスペース・オペラが開幕する――彼らを待ち受けるのは大成功か大失敗か大騒動か!?(カバー袖あらすじ)

 音楽は全宇宙に通じると能天気に信じるマダムが宇宙の星々にオペラを押しつけに行って案の定トラブルに巻き込まれるというそのまんまの話です。第九歌劇団の出身惑星ルラールのことを隠そうとするゴンダー船長や、目的を隠して宇宙船に乗り込んだマドック・ロズウィンなど、思わせぶりな登場人物の行動もあまりたいした理由ではなかったりと、意外性はほぼありません。基本的にコメディ路線なので、トラブルに手に汗握らされるということもなく、全体的に平板でした。
 

「新しい元首」浅倉久志(Brain of the Galaxy 別題:The New Prime,Jack Vance,1951)★★★☆☆
 ――二十世紀のボストン人アーサーは、自分がすっぱだかであることに気づいた。アーサーは必死に頭を回転させ、近くにいた青年に話しかけた。「結社の制約でこんな状況におかれてね。適当な服をさがしてもらえないだろうか」「結社というと……友愛会?」……剣士ベアウォルドは十三人の生き残りにいった。「今夜、やつらは山を下りて殺戮をはじめる。ブランド族の巣を逆に焼き討ちしよう」……。

 時も場所も状況違う多種多様な場面が次々と移り変わり、いったいどういう話なのか興味をそそられます。最後にはタイトルの意味ともども明らかになりますが、不屈の意志を試すための試験が拷問だというには、結末を導くための強引さを感じてしまいました。
 

「悪魔のいる惑星」浅倉久志(The Devil on Salvation Bluff,1955)★★☆☆☆
 ――グローリー星ではいくつもの太陽が昇ったり沈んだりしているため、地球からの移住民には大時計が頼りだった。最近、現地のフリット族が大量死することがあり、レイモンドとメアリの修道士夫妻は族長に会って原因を突き止めようとするが、族長は自然界に存在しない直線の用水路をはじめとして、何をたずねても「くるってるだ」と繰り返すばかりだった。

 ヴァンス得意の異世界といえば異世界ですが、会話もコメディ・タッチだし、結末もひねりも何もなくせっかくの異世界が活かされきっているとは言えない出来でした。短篇でも長すぎる、ショート・ショートネタだと思います。
 

「海への贈り物」浅倉久志(The Gift of Gab,1955)★★☆☆☆
 ――いかだの乗組員が姿を消した。近海にはいないはずの海洋生物モニターに海に引きずり込まれたようだ。そして現場には人を襲わないはずの海洋生物デカブラックもいた。副主任のフレッチャーはデカブラックについて調べようとしたが、記録は削除されていた。フレッチャーは当時の生化学者クリスタルに連絡を取ったが、何か隠しているような素振りではぐらかされてしまった。クリスタルはデカブラックを乱獲し、復讐されているではないか……。

 創元SF文庫の『黒い破壊者 宇宙生命SF傑作選』にも収録されているそうですが、まったく覚えていませんでした。知能はある(らしい)がコミュニケーションを持たない生命体という未知との遭遇までは面白いものの、それに言語を教え込もうという人間目線の上から目線で台無しになり、実際に習得して犯人を告発する段にいたっては安っぽすぎて失笑すら起きません。
 

「エルンの海」浅倉久志(The Narrow Land,1967)★★★★☆
 ――エルンの脳のてっぺんで一対の神経が結びつき、意識が生まれた。水中にはほかに仲間が住んでいた。水の子はふたつの種類に分かれていた。多数派はほっそりしたからだで一すじの肉冠がある。少数派は大柄で複冠がある。ときおり“人間”が陸地から現れる。水の子たちのあいだでは議論がわきおこった。いずれはだれもが人間になると主張する者もいれば、陸に上がる可能性だけを認める者もあった。なにかが起こりそうだという予感はあったのに、人間の襲来には不意をつかれた。

 最後の最後にようやく『奇跡なす者たち』に収録されていてもおかしくない系統の名作が読めました。異世界Aに住む者の視点で異世界Bが描かれるというめくるめく感覚が味わえます。しかもそうしたまったく違う種族の世界が、単純な組み合わせによる四つのパターンで出来ていたとわかったときには衝撃を受けました。ヴァンスでなければアイデア倒れで終わっていてもおかしくはないでしょう。

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