「〈SFマガジン〉中国SF特集号にあたって」姚海軍/泊功訳
中国のSF雑誌『科幻世界』の副主編による特集解説。掲載されている三人の作家の簡単な紹介。
「生存実験」王晋康《ワン・ジンカン》/大久保洋子訳(生存实验,王晋康,2002)★★★☆☆
――天堂には六十人の子どもがいる。わたしは王麗英。みんなには英姉ちゃんと呼ばれている。それから白い肌のジョージ、黒い肌のサブリ、黄色い肌の大川良子……わたしが一番年上だけど、一番下のクーンツとは一時間しか変わらない。若博ママはみんなのママだ。でも本当のママじゃない。鉄のからだでできている。わたしたしは毎日ママがくれる「マナ」を食べている。天堂の外は空気が薄く、外に出たまま戻ってこられない子も三人いる。でもママの命令は絶対だ。誕生日以外は毎日外に行かなければならなかった。まずは一分、それから二分、三分……十歳の誕生日を迎えると、七日間外に出ているよう伝えられた。わたしたちは生存実験に合格しなければならないのだという。
中国SF四天王の一人。SFマガジンにはこれまでに「生命の歌」「天図」が訳載されています。その二篇はベタな設定に安っぽい登場人物という印象だったのですが、この短篇の場合はその特徴がいい方に作用していました。終末後の閉鎖的人工世界で育てられた子供たちのサバイバル実験という、欧米の黄金期SFを思わせる明快な作品です。特殊な環境で育ったにしては知識や語彙が普通すぎたり、なぜそうした環境に置かれたのか敢えて書いていないというより作者が最初から考えてなさそうだったり、ちょっと首を傾げたくなるようなところはありますが、小難しいことは考えずに読める懐かしい面白さがありました。
「地下室の富豪」査杉《チャー・シャン》/及川茜訳(地下室富翁,查杉,2018)★★★★☆
――一千万円を稼ぎ、家を買い戻して妻を取り戻すのが老麦の望みだった。だがまた騙された。正解者に賞金が山分けされるクイズも不正解ばかりだ。やっと四問連続正解しても、正解者が多くてはした金しか手に入らなかった。AIがその場で判断するので事前に正答を入手する不正も出来ない。ハッキングして正解自体を変えてしまおう。「肉夾饃」はどこの省の名物でしょうか――。老麦はデータを書き替えた。大金が転がり込んできた。お祝いだ。肉夾饃こそふさわしい。店を検索すると、書き替えたデータばかりがヒットした。
職業は映画監督で、これは小説二作目だそうです。ちょっとボルヘスみたいだと思ったアイデアが、そのまま暴走してゆくのには笑いました。もともと大金獲得の方法も強引ですし、運命の方から同じように強引にされても文句は言えません。オチが『世にも奇妙な物語』っぽい。
「〈科幻世界〉と中国SF」立原透耶
特集解説と中国SFの歴史。
「我らの科幻世界」宝樹《バオシュー》/阿井幸作訳(我们的科幻世界,宝树,2019)★☆☆☆☆
――SFを書いて燕京大学に合格したという誤解が一人歩きしていた。実際は受験に落ちた。ところが入学した無名大学が燕京大学と合併したため紛れもない燕大出身となってしまった。そんな三流作家だが、母校の記念式典には有名な卒業生として招かれることになった。私が『科幻世界』と出会った書店はバーに変わっていた。私が地元に戻ってくると知った店主の娘が会いに来て、父親を殺したのは自分だと呟くのだった。
読者投票によって決められる引力賞受賞作。『科幻世界』四十周年に寄せられた、極めて内輪ネタの強い作品で、著者の自伝エッセイ風に始まってトンデモSFに着地する怪作です。中国SFに関するくすぐりネタは、いくら訳註があっても面白がれません。無駄に長いのに文章力があるので何だかんだで読ませてしまうのが困りもの。とはいうものの、科学啓蒙小説であるべきだという批判に潰され数式などを組み込んだ珍作を書いた作家というエピソードが、現実の中国がたどったSF封殺に対する諷刺でありつつ、その科学パート部分が【願いを実現する機械の設計図】であったというSF的な仕掛けにもなっている構成などを読めば、作品として手が抜かれているわけではないことがわかります。ほかの作品には、本誌2019年8月号に訳載されていた「だれもがチャールズを愛していた」があります。
「中国SFブックガイド」
「『三体II 黒暗森林』刊行記念 大森望×陸秋槎「集え日本の面壁者たちよ!」採録」
陸氏はただ単に中国代表というわけではなく、SFも書いているのだと初めて知りました。大森氏と噛み合った会話をしているのを読むと、いい意味でオタクというか、好きだから作家になったというタイプなんだなあと感じました。
「人生」劉慈欣《リウ・ツーソン》/泊功訳(人生,劉慈欣,2010)★☆☆☆☆
――母親は胎児に優しく語りかける。言葉を返す胎児は、生まれ出ることを拒否して……(袖惹句)
読み切り第四弾。記憶をまるまる移植したならばそれは本人と同じ存在なのかという、せっかくの問題がさして掘り下げられもせず終わってしまった印象です。本質的に長篇作家なのか、それとも『三体』だけのまぐれ当たりなのか、イマイチの短篇ばかりです。
「SFのある文学誌(73)大江健三郎的想像力2――宇宙意志から神話的リアリズムへ」長山靖生
「書評など」
◆『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』は、タイトル通り珍しいイスラエルSFのアンソロジー。来年にはギリシアSF傑作選も刊行予定。
「SFの射程距離(7)情念が実体化するとき」米澤朋子
ぬいぐるみとはこれまたSFと科学というイメージからは意外な対象でした。
「大森望の新SF観光局(75)日本SFの失われなかった十年」
「女童観音」篠たまき
――お山の湯治場には生き神様が棲んでいるよ。ホラー・ファンタジイ『人喰観音』スピンオフ(袖惹句)
「第8回ハヤカワSFコンテスト最終選考結果発表」
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