『ジャック・グラス伝 宇宙的殺人者』アダム・ロバーツ/内田昌之訳(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)★★★★☆

 『Jack Glass』Adam Roberts,2012年。

 人類は宇宙へと生活の場を広げ、ウラノフ一族が支配する新しい体制下で――天下に並ぶ者なき殺人者ジャック・グラスに関わる三つの事件が描かれます。
 

「第一部 箱の中」(In the Box)★★★★★
 ――七人の囚人が小惑星に送られた。十一年の刑期のあいだ岩を掘り抜き人が住めるようにするのだ。与えられたものは最低限のものだけ。水を掘り当て、植物を育て、生きなければならない。ルウォンとE-d-Cがリーダー格だった。でぶのゴーディアスと下肢のないジャクは、短気なダヴィデや異常なマリットの恰好の餌食だった。

 プロローグによって、これはワトスン役が語る三篇の殺人ミステリだと宣言されながら、第一篇は純正のサバイバルSFです。犯罪者たちが極限状態で閉鎖空間に置かれているわけですから何も起きないはずはありませんが、いつどのような状況で殺人が起きるのかというのも忘れて、彼らの醜悪なサバイバルに没頭してしまいます。サバイバルといってもジャングルを探検できるわけでもなく、掘削機で岩や氷を掘り続ける単調な日々とあっては、人間関係の醜さだけがもろにさらけ出されます。そして唐突に訪れた殺人と、孤立した惑星からの脱出。それは紛れもなくクローズド・サークルにおける殺人事件なのでした。
 

「第二部 超光速殺人」(The FTL Murders)★★★☆☆
 ――名家アージェント家の娘ダイアナは、十六歳の誕生パーティーを前に、重力に体を慣らしておこうと考え、地球に降り立った。だが到着早々、召使いが死体で発見される。頭を鈍器で殴られて。屋敷内にいたのは着いたばかりの召使い19人。だが凶器のハンマーはとても重くて、0Gから来た人間が持ち上げられるとは思えない。ウラノフ家に雇われてるミズ・ジョードによれば、これはジャック・グラスの仕業だという。ダイアナと姉のエヴァも狙われているのか……?

 第一部とは打って変わって、冒頭に殺人が起こって謎が明らかになる普通の謎解きミステリです。仮想探偵ゲームが好きな令嬢と、ワトスン&ジーヴス役の指導教師のコンビが探偵役を務めます。もちろん凶器の謎は、SF的に説明されます。時代ミステリでよくある、現代人だから(過去人だから)盲点になっていたパターンですが、それこそ地球人には当たり前すぎて目から鱗でした。そこに超光速という実現不可能なはずの発明や、太陽系を支配する一族を巡る政治的思惑が絡み、探偵コンビは運命の渦に巻き込まれてゆきます。殺人事件は、それにしてもすごい動機です。
 

「第三部 ありえない銃」(The Impossible Gun)★★★☆☆
 ――ジャック・グラスの宇宙船が警察官バル=ル=デュックに見つかった。ダイアナの自由を約束してもらう代わりに、身柄を預けるという取引を交わしている最中、バル=ル=デュックが爆発する。宇宙船の壁には一つしか穴がない、ということは、犯人は船内にいるはずだった。だが船内には誰もなく、RACドロイドの録画映像を確認した結果、壁からバル=ル=デュックの身体に光線が走っていた。あらゆる状況が中から撃たれたことを示しているのに、映像を信じるなら外から撃たれているのだ。

 プロローグで犯人はジャック・グラスだと明言されているにもかかわらず、犯人がジャック・グラスだとは思えない状況が描かれます。あり得ないことをあり得させるために、第二部が活きていました。
 

 遙か未来の太陽系、人類はウラノフ一族を頂点とする厳しい〈階層(ティア)〉制度に組み込まれた。貧困と圧政にあえぐ市民のまえに登場したのが、無法の父にして革命的扇動者――宇宙的殺人者、ジャック・グラスだった。彼の行くところには、つねに解決不可能な謎があった。脱出することができない宇宙の片隅にある監獄惑星、地球の重力下では持ち上げることができない凶器、どこにも弾丸が見当たらない凄まじい威力の銃撃……。哀れな囚人やミステリマニアの令嬢、太陽系一の警察官を巻き込みながら展開する、解けない謎の先にあるものとは? 注目の英SF作家が贈る、謎と冒険に満ちたSFミステリ。英国SF協会賞/ジョン・W・キャンベル記念賞受賞作。(裏表紙あらすじ)

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