『女体についての八篇 晩菊』安野モヨコ選・画(中公文庫)★★★★☆

 読書好きで知られる安野モヨコ氏によるアンソロジー第1弾。各篇に挿絵が一葉ずつ描かれています。
 

「美少女」太宰治(1939)★★★★☆
 ――甲府市の近くの音声が皮膚病に特効を有する由を聞いたので、家内を毎日通わせることにした。ともかく別天地であるから、あなたも一度おいでなさい、ということであった。ぬるいのに驚いた。しゃがんだまま身動きもできない。私は浴槽の隅にいる少女をまっすぐに見つめた。一粒の真珠であった。

 裸体画というジャンルがあるくらいなのだから、女体が性的なだけでなく芸術の対象たることは論を俟ちません。ましてや画家でもロリコンでもない語り手の視線であれば信頼できるでしょう。とは言え語り手の視線は辛辣です。「老夫婦とも、人間の感じではない」。少女の美しさはそんな醜さとの対照ゆえとも考えられます。再会した少女は服を着ていたのだからなおさらです。語り手の目に映っていたのは現実の女体美ではなく、見ているようで何も見ていなかったのかもしれません。
 

「越年」岡本かの子(1939)★★★★☆
 ――年末のボーナスを受け取って加奈江が社から帰ろうとしたときであった。社員の堂島が駆けて来て、いきなり彼女の左の頬に平手打ちを食わした。翌日課長に話をしようとしたところ、堂島は速達一本で退社したということであった。容易く仕返し出来難い口惜しさを感じた。閉店後のカフェから出て来る堂島を掴まえようと、加奈江は同僚と銀座に繰り出した。

 冒頭での理不尽な暴力はいま読んでも「なぜ?」が渦巻いて引き込まれます。加奈江は同僚と二人でのんびり銀ブラを楽しんでいるようにも見える一方、スカーフで眼鼻を覆った隙に見逃すことを危惧するように、なるほど仇討ち気分にも染まっているようです。まだストーカーという言葉もないころの、堂島のストーカーめいた利己的なロジックが、撲たれた頬という「女体」を、痛みの記憶という形を取って最後にもう一度浮かび上がらせます。
 

「富美子の足」谷崎潤一郎(1919)★★★☆☆
 ――僕が毎日のように隠居の病室に顔を見せていたのは、何も家族に見放された隠居に同情を寄せているのではなく、実は妾の富美子に会いたかったからです。美術学校の書生である僕に、隠居は国貞が描いた田舎源氏の挿絵を見せて、「一つこんな工合に画いて貰う訳にゃあ行きますまいか」と言いました。デリケエトな釣合で成り立っている絵を、僕の拙劣な技術で画き挙げることがどうして出来ましょう。お富美さんは原画と同じ姿を取っていました。そこに、普通のポオズでは現れない女の肉体美の一部――はだけかけた裾からこぼれて居る脛から爪先に至る部分の曲線があるのです。

 こんな変態的な内容の話を、読者からの手紙で「先生でなければ(中略)理解して下さる方はありそうもない」と書いて、読み手に疑問を感じさせないのは、「先生」である著者が谷崎潤一郎だからこそでしょう。そういえば「人間椅子」も著者が江戸川乱歩だからこその話ですね。語り手が富美子に会うや三ページにわたって富美子がいかに魅力的かが語られたかと思えば、唐突に「僕は一体子供の時分から若い女の整った足の形を見ることに、快感を覚える性質の人間でした」とカミングアウトし、果てはパトロンと語り手が織りなす足フェチの競宴になるなど、最初から最後までついていけませんでした。例えば川端の「片腕」などと比べると、俗物ぶり(を包み隠さずさらけ出しているの)がよくわかります。
 

「まっしろけのけ」有吉佐和子(1956)★★★★★
 ――顔師の源吉が、初舞台の子役たちに楽屋で次々に化粧を施していた。大学で歌舞伎サークルに属する耀子も実は初舞台であった。「顔を粧るのってむずかしいものなんでしょうねえ」「さいですよ。白粉って奴が仲々肌につきにくいもんでしてね」「秋に学生芝居をやるんだけど、源さん、よかったら講習させてもらえないかしら」

 生きることを放擲した老人の顔や暑さに喘ぐ犬の顔よりも電車に乗っている若者や中年の顔の方が生気がないという描写や、せっかく大学に来たからと断酒した酒飲みの顔師が却って手腕を発揮できない場面など、ありがちではあるけれど的確な批評眼が、読んでいて小気味よいです。しかし何と言っても「死ぬときは素面で死んでみせらあ」という源吉の一言でしょう。脳溢血のあとに断酒したことを聞いて、この発言のことを知らない耀子の師匠は源吉が生に執着していると受け取りますが、発言を知っている耀子や読者には心にずしりと響きました。
 

「女体」芥川龍之介(1917)★★★★☆
 ――楊某という支那人が、ある夏の夜、あまり暑いので眼がさめると、一匹の虱が寝床の縁を這っていた。自分が二足で行ける所も虱には一時間もかからなければ歩けない。さぞ退屈であろう……と考えているうちに意識が朧げになって来た。彼の行く手には一座の高い山があった。それが円みを暖く抱いて、眼のとどかない上の方から寝床の上まで鍾乳石のように垂れ下っている。

 夢応の鯉魚や邯鄲の夢あたりの虱バージョンですが、主人公が変じるのが虱だからでしょうか、対象も女体という卑近なものになっています。そんな卑近なものの思わぬ美しさを讃えながら、最後には容赦ないツッコミを入れるところに、古典の現代的再話を得意とした芥型の面目躍如がありました。
 

「曇った硝子」森茉莉(1960)★★★★☆
 ――魔利《マリイ》が還っていった家は、別れてから二十四年目に、不意に出現した息子の樊子《ハンス》に導かれてのことである。樊子の義母・鮫島阿曾の従姉の家だった。魔利と樊子とは、生れつき心の中に無感動な地帯を持っている。二人の体の、いくらかの距りが、恋人の密着より以上の結びつきを、おいた。魔利との再会から一年経った時、樊子は恋人のユリアを、得た。三人はいつからか、この快楽の部屋の人と、なっていた。

 独特のリズムによるザ・少女趣味とも言うべき文体で綴られる、耽美な情景を読めば、「銀行に行かなくては」という下世話な呟きさえもまるで別世界の出来事のようです。魔利が森茉莉本人だとしても、「祖土町」というのが日本の地名なのか外国の地名の宛字なのかすらわかりませんし、「黒と白との警視庁の車」という表現や日本人が出て来ても疑いはぬぐえません。やがて幻想は剥がれ落ちるのですが、いくら作中で泥臭いことが描かれようとも、浮世離れした文体の前では最後までここではないどこかの世界のようでした。恐らく祖土町とはソドムのもじりでしょうか。
 

「晩菊」林芙美子(1948)★★★☆☆
 ――五時頃うかがいますと云う電話であったので、きんは、一年ぶりにねえ、まァ、そんなものですかと云った心持ちで、急いで風呂に行った。分れたあの時よりも若やいでいなければならない。自分の老いを感じさせては敗北だ。五十六歳という年齢が胸の中で牙をむいているけれど、女の年なんか、長年の修行でなんとかなる。

 著者自身を髣髴とさせる男遍歴を持つ主人公の、五十を過ぎてなお年下の男を品定めできる気概や、飽くまで自分は選ぶ側だという自負には頭が下がります。幾つになっても女、とはこういうことをいうのでしょう。きんが気を張るまでもなく、金の無心をするほど男の方は落ちぶれていたわけですが、それでいてなお、自分が上だと強く印象づけてから帰そうというプライド。
 

喜寿童女石川淳(1960)★★★★☆
 ――江戸の妓に花というものがいた。容姿と捷悟と多芸と、またすこぶる浮気の性をもって嬌名一時に鳴った。七十七歳の賀宴が催された直後、花女は夕闇にまぎれて行方知れずになった。もとより荒淫な将軍家齊も尋常のたのしみに倦み、童女にしてよく閨房の事に通じたものを欲した。清国の秘法を修めた千賀一榮なる男が、衰残の老媼を変じて多淫の童女と化し、容色年歯は望むままに作ろうと、白羽の矢を立てたのが花女であった。

 作中の言葉を借りれば「稗史まがい」を書くのが、日本の文豪のなかでは圧倒的に上手かったのが著者でしょう。豊かなストーリーが碩才に裏打ちされた美文で紡がれるのだから惚れ惚れします。多淫の将軍を満足させるために清国の秘法をもて作りあげられたテクニシャンの処女が、妖狐妲己のように各国を渡り歩くという、変な話がいつしか壮大な話になっている二部構成のような形が効果を上げていました。

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