『元年春之祭――巫女主義殺人事件』陸秋槎,2016年。
最近は中国ミステリではなく華文ミステリというようです。
麻耶雄嵩と三津田信三に影響を受けた本格ミステリというから期待は高まります。著者は日本在住。あとがきの日付からすると著者あとがきは邦訳版への書き下ろしのようです。アニメキャラクターのような登場人物というのは、冗談を言い合ってぺちぺち叩き合ったり、不必要に毒舌だったりするところでしょうか。
事件は四年前に起こった足跡のない雪密室と、きわめてシンプルです。
時は前漢の時代(天漢元年=紀元前100年)、経書などはすでに古典となっているため多様な解釈が生まれ、探偵役である於陵葵(おりょう・き)が屈原=巫女説を唱えるところなどはいかにもミステリっぽい論理遊戯です。
読者への挑戦状が二回にわたって挿入されています。第一の挑戦状のあとで、葵が当時の科学では解明されていないある現象を五行に基づいて推理する場面がこの作品のピークでした。
それまでの推論にしても上記の五行推理にしても、決め手に弱く語り口の切れ味も鈍かったものの何とか謎解きの妙味で持ちこたえていたのですが、そこから先はひたすら各人の自分語りが続き、活発な議論が起こりません。
たとえフェイクの真相であっても、明らかにされた時点ではインパクトや説得力が欲しいものです。推理の内容の善し悪しというよりは推理の披露の仕方がだらだらしていてメリハリがなく、そのためいくらどんでん返しされてもひっくり返される爽快感がありませんでした。
面白いのは、読者への挑戦が四年前の事件ではなく天漢元年現在に起こった事件の犯人と動機についてということです。それもそのはず四年前の事件にはほとんど謎などなく、しいていえば四年前の事件の犯人と状況がわかれば、現在の事件の目撃情報を精査する手がかりになる程度のものでした。
肝心の現在の事件の真犯人と動機も、伏線の張り方や説明の仕方がとっちらかっているので、およそ説得力に欠けていました。
結果的に、志は高いけれど全体が粗い作品でした。アジア本格リーグで刊行されていた水天一色『蝶の夢』はよくできていたので、中国ミステリの水準が低いわけではなくこの作品がたまたま凡作だったようです。
新本格が「ミステリファンの青春」というのはわかる気がしますが。
前漢時代の中国。かつて国の祭祀を担った名家、観一族は、春の祭儀を準備していた。その折、当主の妹が何者かに殺されてしまう。しかも現場に通じる道には人の目があったというのに、その犯人はどこかに消えてしまったのだ。古礼の見聞を深めるため観家に滞在していた豪族の娘、於陵葵は、その才気で解決に挑む。連続する事件と、四年前の前当主一家惨殺との関係は? 漢籍から宗教学まで、あらゆる知識を駆使した推理合戦の果てに少女は悲劇の全貌を見出す――気鋭の中国人作家が読者に挑戦する華文本格ミステリ。(裏表紙あらすじ)
[amazon で見る]