京大時代の御手洗が登場する進々堂シリーズの長篇です。
数ある御手洗もの長篇のなかでもぶっちぎりの失敗作でした。
ぼくという語り手が透明すぎて存在感がなく、地の文でも心情をほとんど発することがないため、小説といよりも御手洗の台詞だけが書かれた台本のようにメリハリなく物語が進んでゆきます。そのせいで、エキセントリックな御手洗の台詞も御手洗本人の台詞というより、御手洗の物真似芸人が本人の言いそうな台詞をなぞっているような空々しさしか感じませんでした。語り手の受け答えが幼稚なのはまだ十代の予備校生と考えれば目をつぶるべきなのでしょうか。
当然のことながら事件そのものもメリハリのない文章の犠牲となり、あの本格ミステリー宣言の著者とは思えないようなただの推理クイズになっていました。
ただし本書の場合は実際に推理クイズや理科の実験レベルの真相ではあるのだけれど。それでもこれまでの著者は謎の見せ方が抜群に上手かったので、たとえ真相がしょぼくても面白かったのです。ところが本書では、序盤で御手洗が真相に気づいて叫んだ時点でほぼ真相は見えているにもかかわらず、そこから過去パートに戻ってまた同じ現象を謎として書き起こすというひどい構成でした。
〈鍵と糸〉テーマの密室アンソロジーに書き下ろす予定だった短篇が長篇化したという事情はあるにしても。
ほかにもお粗末なところを数え上げればきりがありません。
最後に「ん」がつくと負けというしりとりのルールをわざわざ説明する意味がわかりません。しりとりのルールを知らない読者がいると?
少女がサンタクロースを信じているから、夢を壊さないために殺人の罪をかぶり続ける……八歳のころならまだわかります。冒頭で今も信じているとは本人が断言していますが、さすがにもう十八歳です。どれだけメルヘンに生きているんでしょうか。
殺人容疑者が子ども時代に経験したオリンピックのチケットのエピソードが、ネットのコピペで有名な野球のチケットのエピソードそのまんまでした。おそらくオリジナルとなる何らかの原典があるのでしょう。あるいはすでに一つの型になっていると考えるべきなのかもしれません。
これまでの著者の作品では、とても現実とは思えない出来事が鮮やかに解明されてきました。ところが何と、本書冒頭の落ち武者集団の真相は、【ネタバレ*1】だった――という唖然とするものでした。これなら何でもありですよね。
それからこれは小説自体とは関係ありませんが、講談社の御手洗ものは凝った装幀の単行本が多かったのに対し、新潮社の本書は装幀もかなりテキトーで、手に取った時点でわくわく感に乏しかったです。
時計の飾られた喫茶店で一つの時計だけが何度止めても動き出すという怪事件が起こった。やがて喫茶店の女主人・美子のもとに弟から電話がかかってきた。自宅で妻が死んでいる。娘の楓が母の死体を目にしないようにすぐに向かってくれ。美子が弟の家にたどり着くと、すでに警察が到着していた。弟が線路に飛び込み自殺したという。弟の家は窓もドアも鍵が閉められている完全な密室だった。警官が窓を壊して中に入ると、弟の妻が首を絞められて死んでいた。子ども部屋に行くと楓はまだ眠っていた。そして枕元にはサンタクロースの贈り物が。これまでプレゼントとは無縁の家庭だったうえに、現場が密室だったため、本物のサンタクロースが来てくれたのだと、八歳の楓は信じた。弟の遺書から、弟の会社の従業員・国丸が逮捕された。
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*1振動によって不調に陥った人物の幻覚