『カルパチアの城 ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密 ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクションV』ジュール・ヴェルヌ/新島進訳(インスクリプト)★★★☆☆

 驚異の旅コレクション第三回配本は、新訳版『カルパチアの城』と初訳の『ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密』のカップリングです。

 『ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密』は現在、死後初めに刊行されたミシェル改作版とジュール・オリジナル版がいずれも出版されているそうですが、今回訳出されたのはジュール版になります。ミシェル版は最終章のみ訳出。

 『カルパチアの城』は集英社版を読んだことがあるので今回は読みませんでした。

 『ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密』(Le Secret de Wilhelm Storitz,Jules Verne,1910,1985)★★★☆☆
 ――鉄道技師であるわたしの弟マルクは、本物よりもそっくりと評判の肖像画家であり、現在はハンガリーに腰を落ち着けていた。そのマルクから手紙が来て、当地の名家であるローデリヒ家のお嬢さんミラと結婚する運びになったと知らされたので、わたしもハンガリーに向かった。だが道中、気になる噂を聞いた。マルクの求婚以前にローデリヒ家に求婚して断られた者がいるという。優れた化学者の息子で変人のヴィルヘルム・シュトーリッツだ。汽船を降りるとき、「ミラとマルクに災いあれ!」という声が聞こえたので振り向いたが誰もいなかった。やがて結婚式の当日、わたしたちの面前で聖体パンが宙に浮き、粉々になってばらまかれた。花嫁は恐怖のあまり気を失った。

 透明人間が扱われた、ものすごくバランスの悪い小説で、解説者や訳者がヴェルヌの〈幻想〉や現代との関わり等に関して考察しているものの、学者でも評論家でもないわたしとしては失敗作と切り捨ててもいいような出来でした。

 何しろ小説の体をなしていません。語り手たちが透明となったヴィルヘルム・シュトーリッツと召使いに偶然出くわすだけなら、安易でつまらないというだけでストーリー的には納得できます。

 ところがこの場面でシュトーリッツたちが洩らす隠れ家の情報が、実はまったく無意味でした。洩れ聞こえた情報をもとに語り手たちが隠れ家を突き止めようとする――というのがおおかた予想される展開でしょう。けれどあろうことか、語り手たちはふたたび偶然シュトーリッツに出くわすのです。先ほどの場面はいったい何だったのでしょうか。

 偶然出くわし偶然倒し、召使いもなぜか発作を起こし、そうしてすべては終わります。

 絶世の美女が美女という美点を剥ぎ取られるという結末から見るに、少なくとも透明化の秘密を洩らさないというシュトーリッツたちの最期は著者の意図したものでしょうから、あるいは改稿されていれば、偶然の部分にもう少し説得力のある理由などが加えられていた可能性はあります。

 一応のところは被害者たちも最後には幸せに暮らしているようですが、前述したように美点を剥ぎ取られたという点からすると、シュトーリッツの復讐(?)は完成されていると見ることもできるでしょう。そうであれば、偶然に見える部分も実はシュトーリッツの狙い通りだったという可能性もないとは言えない――というのは穿ちすぎる見方でしょうか。

 [amazon で見る]
 カルパチアの城 ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密 ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクションV 


防犯カメラ