『黒衣の女 ある亡霊の物語』スーザン・ヒル/河野一郎訳(ハヤカワ文庫NV)★★★★☆

『黒衣の女 ある亡霊の物語』スーザン・ヒル河野一郎訳(ハヤカワ文庫NV)

 『The Woman In Black: A Ghost Story』Susan Hill,1983年。

 霧のロンドンを離れ、ドラブロウ夫人の遺産整理に訪れるキップス弁護士。列車に乗り合わせた地元の者によれば、町の者は誰も夫人の葬儀には参列しないという。町に着いたキップスは、痩せこけた黒衣の女性を見る。だが町の住人はそんな者はいないと言い、恐怖に震え出した。さらには、館を訪れたものの調査は後日にまわすことにして戻ろうとしたキップスは、馬車の音を聞く。馬のいななきと水の音、そして子どもの泣き叫ぶ声。もしや迎えの馬車が沼に落ちたのでは――。

 なぜかハヤカワ文庫の『海外ミステリ・ベスト100』にもランクインしていた、文学者によるホラー作品です。

 何がすごいって、いくら短めの長篇とはいえ、ようやく当初の目的である遺産整理のため館に立ち入るのが、物語が半分以上進んでからだということです。それまでのあいだに、キップスも読者もすっかり町の雰囲気に飲み込まれてしまっているということですね。町に着いて早々いきなりはっきりと姿を見せる幽霊には不意打ちのノックアウトを喰らいました。何よりも、霧のなか馬車が沼地に落ちてしまうのを音だけで表すシーンは、視界も封じられたまま助けの手を差し伸べるために行動することも出来ない、まさに悪夢を見ているようなシーンでした。

 後半まで読むと、本書が『海外ミステリ・ベスト100』に選ばれたのも何となくわかります。幽霊が現れる理由がかなり理詰めで説明されるからです。【母親の見ている前で息子が馬車ごと沼に沈み、母親も狂気のうちに死ぬという】それは陰惨な物語ではありますが、説明されてしまえばたいていの怪異は怖くありません。キップスならずとも、もうすべては終わったのだと考えてもおかしくはないでしょう。

 けれど物語はそれで終わりませんでした。考えてみれば、幽霊が出るくらいで町の住人があれほど怖がるわけはありません。黒衣の女は、呪い、祟り、災厄そのものだったのですね。唐突にキップスの婚約者ステラが出てきた時点で、結末はわかりきってしまうので、驚きやショックはありません。わかってはいても不快な、やりきれない思いだけが残りました。

  


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