『色町のはなし 両国妖恋草紙』長島槇子(メディアファクトリー)★★★★☆

『色町のはなし 両国妖恋草紙』長島槇子(メディアファクトリー

 2010年刊。『遊郭のはなし』に続く『幽』怪談文学賞受賞第一作ですが、前作とは段違いに面白くなっています。

 恐らく前作は「遊廓に伝わる」「怪談」の「聞き語り」の「連作集」という形式に自ら縛られていたのでしょう。そうした縛りから解放された本書は実に生き生きとしていました。

 一応のところは香具師・蝦蟇の油売り・女郎買いの指南書作者と様々な顔を持つ色気違いの萬女蔵《まめぞう》が主人公で、幽霊だろうと何だろうといい女なら抱くというこの愛すべき人物が、当然のことながらトラブルに巻き込まれてゆくのですが、これが怪談ありミステリあり幻想小説ありと趣向が凝らされていて飽きません。萬女蔵がまったく出てこない作品もあり、実に多彩でした。
 

「一、化けもの茶屋」
 ――素寒貧の萬女蔵は太鼓持ちの兎吉のツケで、斬られた芸者の幽霊が出るという茶屋に出かけた。萬女蔵のアイデアで、座敷で田植えをしようということになり、豆腐を敷いて川辺の葦を植え、芸者たちと遊んでいるうちに小便がしたくなり、厠に向かったところで廊下の向こうにゾッとするほどいい女が手招きしていた。

 前作『遊郭のはなし』収録作であれば女の正体が明らかになるところで終わっていたところですが、そこからもうひとひねりあるため小説としての物足りなさはなくなっています。萬女蔵のキャラクターも良く、怪談だというのにとぼけた終わり方がしっくりはまっています。
 

「二、とんでも開帳」
 ――即身仏の見世物を始めたがどうも客の入りが悪い。辻強盗にやられたと思しき骸骨を拾って渋紙なんぞを貼り付けたのだが、地味すぎたらしい。その夜、夢に女の顔が現れ、萬女蔵は即身仏にさらに紙を貼り付け女の顔を再現した。辻強盗の被害者の身許を探すべく、その顔を見世物に出したところ、その娘の親から誘拐犯に間違われ……。

 第四話でも嘘とわかって作り物を楽しむ江戸っ子気質に言及されていますが、楽しそうにでっちあげを企んでいる萬女蔵たちの姿が微笑ましい。この作品も「即身仏=夢に出て来た女」という怪異から二転三転するなど、前作より小説的に凝った作りになっています。救いのない救いという結末も前作とは違い単純ではありません。
 

「三、花魁石」
 ――馬が侍を襲う事件が起こった。耳に蠅でも入ったのだろうと萬女蔵は考えたが、瀬戸物細工の舞台が崩れて客が下敷きになった事件があったばかりだ。変事というのは続くものだ。その夜、辻占をしている千里眼のお才がふらふらと歩く萬女蔵を見つけて追いかけてゆくと、掛け小屋の前の女陰そっくりの石で立ち止まった。

 冒頭の不可解な事件と、いい女なら何でもござれの萬女蔵と、戦国に遡るどろどろの因縁という、タイプの異なる三つの題材が一つに結びつけられるのは見事でした。それにしても祟りすら鎮めてしまう萬女蔵の性欲とは……(^^;。
 

「四、因果物師」
 ――猿男、鬼娘、蜘蛛男……なかにはクダンの見世物もあった。香具師が布を取ると、双頭の仔牛が現れた。死んではいるが毛は濡れたように艶を帯びている。そこに客の一人がいちゃもんをつけて「本物の件を見せろ」と言い出した。香具師の平兵衛が穏便に済まそうとするが、客は「岐阜の篠谷を忘れてはいまい。ウシを返してもらおうか」と言い張った。

 萬女蔵は出てきません。純愛と言っていいのかどうか、異形しか愛せない特殊な愛が描かれます。平兵衛の愛の形が異常だとはいえ、子守唄のエピソードによって件の側も愛情で答えていたのだと一旦は思わされます。ところがこの子守唄には、予言するという件の性質もしっかりと組み入れられていたことがわかり、舌を巻きます。第五話の記述によって1657年の明暦の大火(振袖火事)が「ざっと二百年前」の出来事だとわかりますから、予言にあるのは恐らく1858年のころり流行のことでしょう。
 

「五、若衆芝居」
 ――お才は人形芝居・愛染座の親方・彦作に会い、座長の人形・愛染太夫について話を聞いていた。ある和尚が溺愛していた寺小姓・愛染に生き写しの人形を作らせ、毎晩抱いて寝ていたのだという。折りしも町では見かけた寺小姓に岡惚れした娘が火付け騒ぎを起こしていた。お才も同じ若衆を目撃し、人ではないと知りながら魅力に取り憑かれてしまった。怪異の原因は愛染の悋気にあるようだ。

 これまでとは違い、お才が萬女蔵にトラブルを持ち込みます。はじめは嫌がっていた萬女蔵でしたが、しっかり魔力に取り憑かれています。
 

「六、四つ目屋の客」
 ――夜の道具と秘薬を売る四つ目屋から、萬女蔵のナニの張形を作らせてほしいと頼まれた。何でも妙齢のご婦人の依頼だという。その気になった萬女蔵だったが、その日から老婆に精根搾り取られる夢を見るようになり、モノが役に立たなくなってしまった。

 萬女蔵の衝撃の(^^)ルーツが明らかになります。怪談というよりは艶笑譚で、夫に先立たれて二百年の銀杏の木が萬女蔵のモノに惚れ込むというまことにアホらしい真相が待ち受けていました。お才とは視える人同士ということなのかまともではない人間同士ということなのか、妙に馬が合い、もっとこのコンビが見たかったなと思います。
 

「七、水の女(2009)
 ――私娼にはピンからキリまであった。ピンは金猫で値は一分、キリは夜鷹の二十四文。船で客を取る船饅頭には百文とる女も少なくない。私娼の情夫が船頭と見張りを兼ねている。一年前、直助は肘から先のない裸の女が流れてくるのを拾った。こんな上玉は見たことがない。我慢できずに朝まで六たび交わったが、女は死ぬどころかよがり声をあげ始めた。「お前は命の恩人だよ」それからはおすみが客を取って二人で暮らしている。

 初出は『幽』12号「両国水妖譚」。萬女蔵は出てきません。これまでのどの作品とも作風が違う幻想譚でした。「因果物師」やこの「水の女」を見るにつけても、萬女蔵が出てこない方が男女の交流を直接描けるのでしょう。それぞれに異なる普通ではない愛の模様が描かれ、そしてどちらも忘れがたい余韻を残します。萬女蔵こそ出てこないものの、相手が何ものであろうと愛すというのは全篇に共通しているのですね。それが萬女蔵の場合は遊びであり、萬女蔵以外ならば愛情であるというだけが違いで。すべて読み終えて第二話も萬女蔵以外の異形の愛だったのだとようやく気づきました。

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