『不在の騎士』イタロ・カルヴィーノ/米川良夫訳(白水Uブックス 海外小説永遠の本棚)★★★★★

『不在の騎士』イタロ・カルヴィーノ/米川良夫訳(白水Uブックス 海外小説永遠の本棚)

 『Il cavaliere inesistente』Italo Calvino,1959年。

 鎧のなかに肉体は存在せず意思の力によって存在している――という観念的な設定からは思いも寄らないユーモア小説でもありました。

 シャルルマーニュ大帝が武将一人一人に棒読み口調で話しかけるのは序の口で、若きランバルドが仇討の相手を間違い続けるに至っては完全にスラップスティック喜劇です。しかもその肝心な仇討すらも中途半端に果ててしまうのだから、可笑しくてしようがありませんでした。

 やがてランバルドは女武者ブラダマンテに恋をするものの、当のブラダマンテは不在の騎士アジルールフォに夢中という三角関係の構図が出来上がるのですが、ベタな構図というなかれ、惚れたきっかけがベタどころではありませんでした。

 それでも次にはアジルールフォの騎士の資格に疑惑が生じ、疑義を呈したトリスモンドには出生に疑いがあるという、それだけ聞くといかにも騎士道物語にありそうな名誉と家名の問題が立ち上がります。

 けれどその内容というのがアジルールフォがかつて助けた女性の処女疑惑という、これまた脱力ものの事柄で、ただの騎士道物語にはなってくれません。

 斯くして二人は疑惑を晴らすため旅に出ます――。

 そしてこれまた古典喜劇のような無茶苦茶な人間関係が明らかになって大団円を迎え、不在を存在せしめていた事実も終わりを迎えます。

 そんなせっかくのしんみりした気持を、ランバルドがぶち壊してくれます。仇討のときもそうでしたが、無考えにその場の流れに乗っちゃうんですよね、この若者は。

 結局はそのおかげで、生きていることによる希望のようなハッピーエンドを迎えるのだから、わからないものです。

 時は中世、シャルルマーニュ大帝の御代、サラセン軍との戦争で数々の武勲を立てた騎士アジルールフォ。だが、その白銀に輝く甲胄の中はからっぽだった。肉体を持たず、意思の力によって存在するこの〈不在の騎士〉は、ある日その資格を疑われ、証を立てんと十五年前に救った処女を捜す遍歴の旅に出る。付き従うは過剰な存在を抱えた従者グルドゥルー。文学の魔術師カルヴィーノが人間存在の歴史的進化を奇想天外な寓話世界に託して描いた《我々の祖先》三部作開幕。(カバーあらすじ)

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