『虹のような黒』連城三紀彦(幻戯書房)★★★★☆

 2002年から2003年に雑誌連載されたまま単行本化されていなかった長篇作品が、連載時の著者の挿絵入りで刊行されたものです。帯に“最後の未刊長篇”とあるように、これですべての長篇は単行本化されたことになります。

 商業誌に連載されていた以上は未定稿というわけではありませんが、単行本化に際しての加筆訂正が為されていないということから、完成度という点では今一歩なのではないかと危惧していましたが、それは杞憂に終わりました。

 不倫している矢萩教授から結婚を持ちかけられたことから、恋人の沢井に別れを切り出した大学院生・麻木紀子。別れの席で沢井は、封書で届けられたという一葉の絵を紀子に見せます。そこには紀子と矢萩の営みが描かれていました。

 矢萩教授がベルリンの国際学会に発つ日、研究室の整理をしていた紀子の背後に人影が忍び寄り、紀子は犯されてしまいます。

 後日、絵だけではなくレイプの顛末を記した手記がゼミ生に届けられ、沢井とゼミ生たちはそれぞれに犯人の目星をつけ、疑心暗鬼のなかそれぞれが信じる犯人を告発してゆきます。

 捨てられた沢井、当日紀子と整理をする約束だった海津、紀子に嫉妬していた有美、二番手に甘んじていた紗枝、紗枝の恋人・安田、夫に不倫されている矢萩教授の妻……誰もが何らかの嘘と思いを抱えていて、それが一つ一つ剥がされて、最後には真実が明らかになります。

 第一章では麻木紀子の矢萩教授に対する不信と、矢萩教授の不審な行動が描かれています。沢井によって何らかの事件が起こるであろうことが仄めかされており、犯罪らしきものはまだ何も起こっていないにも関わらず、不穏な空気は満ち満ちていて、さすがというべき筆致です。紀子の矢萩への不信が、そのまま事件が起こりそうな不審と重なっているのも効果的でした。

 第二章は紀子の一人称による被害手記――という体裁の犯人の手記が挿入されています。第一章で矢萩のフェティシズムとそれに応じる紀子のことが記されているだけに、どこまでが本当のことで、暴漢の正体は紀子の思う通りの人物なのか、読者としても疑うしかありません。

 第三章以降には紀子も矢萩も登場せず、その周辺の人々による犯人捜しが始まります。不自然といえば不自然ですが、まるで問題編と解決編のような構成だと考えると、いかにもミステリっぽいなあとも言えます。ゼミ生たち一人一人の秘密が暴かれてゆき、事件が少し明らかになるとともにさらに謎が残るという展開は、連載ならではの筋運びだと言えるでしょうか。

 そして解決編。歌舞伎や源氏物語もびっくりの人間関係でした。紀子と矢萩が第三章以降に出てこないのもある意味納得というか、主要な駒ではあるものの駒の一部という意味では他のゼミ生たちと大差なく、ただただヘレネーのように女として魅力がありすぎたために事件が引き起こされたと見ることもできます。

 解説にある「第三章の、ちょっと前後とつながっていないような印象のある些細なエピソードが、第二章のある記述と連動する」というのは、p.156~のナツミのエピソードと、第二章最後の手袋のエピソードでしょうか。確かにこれによって【ネタバレ*1】というミスリードが成り立っています。【※ネタバレ*2

 また、同じく解説にある「真犯人の正体に関するトリックは、著者に数年先んじてデビューしたある作家の長篇に類似例がある」というのは、【ネタバレ*3】だと思われます。

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*1犯人はフェティシズムのある男

*2実際には手記を書いたのは真犯人に命じられて操られていた人間

*3泡坂妻夫『湖底のまつり』

 


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