『残り全部バケーション』伊坂幸太郎(集英社文庫)★★★★☆

 各篇は「第○話」ではなく「章」で区切られていますが、それぞれの章は独立して読める作りになっています。チンピラの岡田と溝口を中心とした連作集。時系列的には「4章→2章→1章→3章→5章」の順になっています。
 

「第一章 残り全部バケーション」
 ――父親の浮気から離婚することになった夫婦と一人娘。最後の家族会議の最中に、父親の携帯にメールが届く。『適番でメールしてみました。友達になろうよ』。母親は面白がって、せっかくだから最後に家族みんなでドライブに連れていってもらおう、と返事をうながした。

 冒頭「実はお父さん、浮気をしていました」、衝撃というよりもむしろ笑ってしまうような、唐突すぎる一言から小説は始まります。そして怪しげな携帯メールは実はチンピラが足を洗う条件だったといういっそう奇天烈な事実につながり、チンピラと家族は妙にズレた会話をしながらドライブに出かけることになります。小悪党と家族離散。どうしたらこんな組み合わせに笑いとユーモアが入り込む余地があるのかと思ってしまいますが、うらやましいくらいにみんな達観しています。
 

「第二章 タキオン作戦」
 ――父親に虐待されている子どもを見かねた岡田は、どうにもならないという溝口の言葉に逆らって、子どもを救おうとする。免許証を偽造し、強請り相手の文房具屋を仲間に引き入れ、子どもには父親と『ターミネーター』のDVDを観させ、喫茶店で教授と助手の会話を聞かせ……。

 ぶっとび具合、突き抜けた笑い……共に第一章を上回っていました。いくら何でもこんな手が通用するとは思えませんが、岡田と文房具屋が楽しんで満足していればよいのでしょう。こういうところで、すでに「どうせなら、喜ばれる仕事をしよう」という岡田の人間性がかいま見えているような気もしますが、人助けというよりは本当に楽しいからやっているようでもあります。第一章で言及されていた、浮気していた文房具屋が登場する前日譚。
 

「第三章 検問」
 ――溝口と太田という男に拉致され車の後部座席に押し込められた。心当たりなら、ある。妊娠を嫌がっていた不倫相手だろう。検問に引っかかった。何か事件があったらしい。検問は何事もなく終わったが、車を停めた溝口が驚きの声をあげた。車のトランクに大金が積まれてあったからだ。検問の警官は気づかなかったのか? そもそも何の金なのだ?

 岡田君がいなくなってしまったため、新しい相棒の太田が登場します。まん丸に太っていておつむもかなり弱そう。。。第二章の岡田君の作戦同様に、およそあり得ない発想のロジックが乱れ飛びます。大金をめぐって溝口たちが大騒ぎするなか、もう一つの事件がひっそりときれいに幕を閉じていました。第一章で触れられていた「田中? 佐藤?」という政治家は、この章で事件に遭う、田中のことでしょうか。
 

「第四章 小さな兵隊」
 ――岡田君は問題児だという。女子のランドセルにマジックで落書きしたり、校門をペンキで塗ったりしている。問題児がいるのなら答え児もいるのだろうか。スパイの仕事で海外出張しているお父さんと電話で話すと、岡田君はアリババのように、目印をつけられた一人の女子を助けるためにすべてのランドセルに目印をつけたんだろうと言っていた。

 岡田君は第二章でも独特の発想を用いて問題を解決していましたし、子どものころから頭は回る人間だったようです。第二章で口にされていた、お父さんがスパイの同級生が語り手です。岡田君と同級生が探偵役になって担任の先生を守ろうとする、少年探偵団のような話です。大人の読者ならお父さんの事情については薄々察することができると思いますが、そうした事情はもちろん、岡田君の性格など、少年探偵団のわくわくとは背反する現実もぴりりとしたスパイスになっています。
 

「第五章 飛べても8分」
 ――カモにしたドライバーに銃を向けられた溝口は、逃げた拍子に別の車に轢かれて入院してしまった。その病院にはボスの毒島も入院していた。新しい相棒の高田によれば、その日、ボスの毒島の自宅が銃撃されるという事件が起こっていた。どうやら溝口たちが目撃した男が犯人の可能性が高い。

 最終章は溝口と新しい相棒・高田のほか、あれだけ恐れられていた毒島も登場します。溝口に悪影響されるな、と釘を刺されていた高田でしたが、どうやら溝口の方が岡田君に悪(?)影響を受けてしまっていたようです。ゴルゴ読破だけではありませんでした。結末はリドル・ストーリーではなく、読み返せば恐らくヒントが散りばめられているのでしょう。
 

  ・ [楽天ブックス] 


防犯カメラ