『ミステリマガジン』2023年9月号No.760【追悼 原尞】
『それからの昨日』冒頭三章
三章までしか書かれていない遺稿です。とはいえプロットはある程度出来ているようなので、いつか誰かが書き継いでくれるでしょう。
「あの邂逅は幻だったのか?」小山正
「沢崎という誰よりも信用できる〝私〟の小説」杉江松恋
「『私が歩いてきた路』 作家原尞記念講演会採録」
『エンドタイトル』
第三エッセイ集として構想されていた『エンドタイトル』に収録されていたであろうエッセイから四篇を掲載。
「ミステリアス・ジャム・セッション(45)原尞」村上貴史(再録)
「迷宮解体新書(135)伊吹亜門」村上貴史
「BOOK REVIEW」
◆島田荘司『ローズマリーのあまき香り』は久々の御手洗もの。
◆周辺書からは飯城勇三『密室ミステリガイド』、越前敏弥『名作ミステリで学ぶ英文読解』、開信介『久生十蘭作品研究 〈霧〉と〈二重性〉』。
◆ライトノベルからは紙城境介『シャーロック+アカデミー Logic.1 犯罪王の孫、名探偵を論破する』。
「おやじの細腕新訳まくり(32)」
「感謝のしるし」ドナルド・オルスン/田口俊樹訳(A Token of Appreciation,Donald Olson,1981)★★★☆☆
――はずせない仕事があるリード・ターナーに代わって、前妻の息子リッキーをシェリルが迎えに行かなければならなくなった。一年前の滞在時には、リッキーは父親を殺すと脅していたのに。久しぶりに見たリッキーは魅力的な若者に見えた。実際、大学生になったリッキーの態度はすっかり改まっていた。それを知ったリードは感激していた。だが――夕食後、シェリルはクレイ・ウィンズロウに腕をつかまれた。「あのガキが親父を殺すって脅したところをみんなが見ていたから、おまえの亭主を始末して息子をはめるって計画だったんじゃないのか?」「こんなに変わってしまうとは思わなかったもの。でも考えがあるの。去年、あの子はリードを心変わりさせようとして、わたしに誘惑されたと噓をついた。ほんとうに誘惑するってのはどう? あの子がリードにそれを伝えてもまた噓扱いされて、態度を改めたのはうわべだけだったと思われない?」
誰もが何かを企んでいるのは明白なので、最後のひねりが無意味なものでしかありません。計画的なはずなのにその計画自体がずさんなところが犯人の幼児性を表しているのだとも思いましたが、いい加減な計画を立てているのはその犯人だけに限らないのでそれも違うのでしょう。意外性など考えずにいっそ犯罪小説に振り切ってしまえばよかったのにとも思います。特にリッキーがすべてわかっていながらも実際にシェリルに誘惑されると心動かされそうになったと独白するところなどは、ふっと飛び出した本音のようなものが感じられて、ここだけ毛色が違いました。
「『名作ミステリで学ぶ英文読解』刊行記念トークイベント採録」越前敏弥×河野万里子
レーン登場シーンが『Xの悲劇』の旧訳すべてで間違っていたと言われると新訳も読んでみたくなりましたが、そのシーンが正しく訳されたところで『X』が面白くなるわけでもないと思い直しました。それよりも河野氏と上白石萌音による『赤毛のアンをめぐる言葉の旅』の方が気になりました。
「華文ミステリ招待席(12)
「ジュピターの遺言 第十七号事件簿 File NO.17 - Case #01」宇文宙/阿井幸作訳(朱庇特的遗言,宇文宙,2018)★★★★☆
――寧辰星は欧揚にレポートの手伝いに駆り出され博物館に来ていた。廊下にはハイヒールの音がうるさく響いていた。完成させたレポートを客員教授である博物館長・陳伽文に提出しに行こうとしたところ、館長代理の張葦から「教授はもういない」と言われた。事件が起こったのだと考えた欧揚は、重要な手掛かりがあると警官に言って現場に入り込んだ。欧揚は博物館の構造から足音の主が重要参考人だと推理したことで刑事大隊隊長・蔡から一目置かれることになった。陳教授は館長室で後頭部を殴打されピアノにうつ伏せになっていた事実から、犯人は親しい人間に違いない。事件当時の博物館にいたのは、欧揚と寧辰星と張葦のほか女優の林心怡とそのマネージャー文、音楽家の梅林松とマネージャー方、大学生の于静、あとはスタッフだけだった。
ウェブ掲載の同人作品からの紹介です。著者(読みはユーウェン・ジョウ?)は著名な音楽評論家で、本篇は小説投稿サイトの短篇コンクール受賞作だそうです。もともとは『第十七号事件簿』シリーズの第一章として構想されたそうですが、現在は「地狱之歌」というタイトルで第二話に収まっているようです。こういうファンライターの方が、自由に書けるぶん面白かったりするものです。ダイイング・メッセージを【被害者自身が】捨てネタにしたかのような構成は大胆でした。推理によって真相を導き出すのではなく、当たりをつけた犯人を追い詰めるために(屁)理屈を積み上げるのは、麻耶雄嵩や〈虚構推理〉を思わせます。擬音を手がかりにするというのも、フェアではあるものの真面目なんだかギャグなんだかわからないところが、麻耶以降のポスト新本格のような描写でした。
編集後記で「向井万起男さんの連載エッセイは、前号掲載分で終了となります」という突然の報告がありました。事後報告で詳しい説明もなくいきなり終わってしまったのは、ご本人の体調不良なり編集部とのトラブルなりがあったのではないかと思ってしまいます。
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