『未來のイヴ』ヴィリエ・ド・リラダン/齋藤磯雄訳(創元ライブラリ)★★★★☆

未來のイヴヴィリエ・ド・リラダン/齋藤磯雄訳(創元ライブラリ)

 『L'Ève future』Villiers de l'Isle-Adam,1886年

 アンドロイドという言葉を初めて用いた小説とされていますが、そこはヴィリエ・ド・リラダンのこと、退廃的で耽美で観念的な内容が綿々と書き綴られていました。文庫帯にある〈100年フェア 19世紀・物語の源流〉リストには『海底二万里』(1869)、『宇宙戦争』(1898)の名がありますから、決してSFがまだ存在していなかったというわけではないんですよね。

 女の心(の浅ましさ)とそれに対する絶望、人造人間の仕組みと構造――本書の大半がその二つだけに執拗なほど事細かく費やされています。

 若きイギリス貴族エワルド卿は絶世の美貌と俗っぽい心を持つアシリヤ・クラリーに絶望し、繊細なのかプライドが高いのか自殺を考えるまでになります。昔の作品にはこういう大仰な人物がよく登場しますね。

 エワルド卿は発明王である〈メンロ・パークの魔法使〉エディソンに相談に行き、エディソンはかねてから計画していた人造人間ハダリーに、アシリヤの美貌を与え心をなくす提案をします。

 あらすじと言えばこれだけでおしまいです。惚れた、でも幻滅した、でも惚れている……というエワルド卿の悩みが何章にもわたって語られ、呼吸やら入浴やらの仕組みや肉や皮膚や髪などの制作過程が章ごとに語られていたりと、とにかく執拗で細かいのです。

 そんな調子で続いていた物語が一変するのが第六巻第四章です。これはエワルド卿ならずともぎょっとするでしょう。

 ハダリーの心の正体も突然のように明かされました。磁気と電気は何でもありの万能で、ペシミスティックな物語なのにここだけは夢があります――少なくともはじめはあるように見えました。けれど清らかな心の源が人間であった以上、いくらエディソンが設計図を持っていても二度とは作れません。

 恋人アリシヤのヴィナスのような肉体、耀くばかりの美貌、しかしその魂のあまりの卑俗さに英国青年貴族エワルドは苦悩する。自殺まで考える彼のために、科学の英雄エディソンはアリシヤの肉体から魂を取除くことを引受け、人造人間ハダリーを創造する。齋藤磯雄による鏤骨の名訳。正漢字・歴史的仮名遣い。(カバーあらすじ)

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