『マルドゥック・スクランブル The First Compression――圧縮/The Second Combustion――燃焼/The Third Exhaust――排気』冲方丁(ハヤカワ文庫JA)
少女娼婦ルーン=バロットは、作られた自身の登録情報にアクセスしてしまったせいで、専属客の賭博師シェル=セプティノスに殺されそうになる。緊急法令スクランブル-09の使用を認められているウフコックとドクター・イースターによって命を救われ、電子機器を制御する能力を得て甦ったバロットは、法務局への委任手続を了承する。仮陪審はバロット側の有利に終わり、シェルとその雇われ人ボイルドは実力行使に出ることを決めた。バロットは身を守るため、変身能力を有するウフコックやイースターの技術の助けを借りて特訓を始める。ボイルドが雇った殺し屋たちが襲撃を始め、かつてウフコックの相棒だったボイルドも襲撃に加わった……。
内省的でも気取ってもいない簡潔な文体が心地よい。
ネズミのウフコックがマスコット的なポジションではなく、対等なバディなのも良い。しかも多くの動物実験がハツカネズミでおこなわれることを考えれば、ウフコックがネズミだというのは実はリアルな設定なのだと思えます。
対等なのはドクター・イースターも同じで、単なる賑やかしのおちゃらけ科学者ではありません。
第一部『圧縮』の後半は個性的な殺し屋集団の登場と、彼らとバロットたちの戦闘が描かれていて圧巻です。身体を強化された異能者同士のバトルは、文章であることを忘れさせてしまうほどに、目の前で活き活きと繰り広げられています。
第二部『燃焼』後半から第三部『排気』前半にかけては、打って変わって手に汗握るギャンブル勝負が描かれます。百万ドルのチップに埋め込まれたシェルの記憶データを手に入れるため三人はカジノに乗り込み、時にウフコックと協力し、最後はバロットが己の観察力と集中力を以て挑むことになります。
ベル・ウィング、アシュレイといったプロフェッショナルとしての矜恃を持つ魅力的なディーラーも登場するものの、トータルでほぼ一冊分がギャンブルなのはやや間延び気味に感じました。リアルタイムで読んでいれば二部と三部の刊行には一か月の開きがあるので気にならないのでしょうけれど、一気読みするとまたギャンブルか……となってしまいました。
三部中盤以降は再びアクションに戻るのですが、第一部の殺し屋&ボイルドと比べてしまうと小物ばかりなのは否めず、尻すぼみだな……と思ったところに再びボイルドとの一騎打ちという構成は盛り上がりました。
タイトルにもなっている市の名前「マルドゥック」とはメソポタミア神話の神様の名前であるようです。
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