『驚愕遊園地 日本ベストミステリー選集』日本推理作家協会編(光文社文庫)★★★☆☆

『驚愕遊園地 日本ベストミステリー選集』日本推理作家協会編(光文社文庫

 2010~2013年のあいだに発表されたミステリー短篇のなかから選ばれたアンソロジー麻耶雄嵩による木更津もの「おみくじと紙切れ」目当てで購入しました。作家自選(の二作から編者が一作選んだもの)。未知の作家と好きな作家と未読の作品のみ読みました。
 

「おみくじと紙切れ」麻耶雄嵩(2011)★★★☆☆
 ――浪人生の展子と彼氏と佳代は肝試し先で丑の刻参りを目撃し、呪い返しを恐れた呪者から襲われ命からがら逃げてきた。それからも刻参りの女の姿を見かけた展子は怯えて実家に帰省した。寮に残された佳代がおみくじの缶で殴り殺され、マジックで畳の上に「丑」の字が残されていたことから、刻参りの女が容疑者として浮かび上がる。捜査を依頼された木更津は、女が目撃された日と殺人の日の五日間の開きに引っかかりを覚える。

 木更津シリーズの一篇ですが、現在までのところ短篇集にはまとめられていません。問題編と解答編に分けられていますが、実際に犯人当ての懸賞小説だったわけではないようです。凶器とダイイング・メッセージの逆転【※ネタバレ*1】がわかると、ある事実【※ネタバレ*2】を知っているのは誰かという単純な手がかりから真犯人がわかる仕掛けになっています。丑の刻参りや凶器のおみくじ缶のインパクトが強いのですが、おみくじ缶に指紋がなかったことから刻参りの女が犯人ではないと推理したり、凶器がおみくじ缶だったのにもちゃんとした理由があったり【※ネタバレ*3】など、麻耶氏の作品らしいクラシックな謎解きの面も持っていました。
 

「呪いの特売」赤川次郎
 

「黒い密室――続・薔薇荘殺人事件」芦辺拓
 

「四分間では短すぎる」有栖川有栖
 

「梟のシエスタ伊予原新(2011)★★★☆☆
 ――講師の吉川は学部長の宗像に呼び出された。ゼミ生の砂原がアカハラを訴えているという。吉川には心当たりがなかった。むしろ指導教員の首藤教授からアカハラを受けているという砂原の相談に乗っていたくらいだ。アカハラ相談窓口の袋井は酒臭く眠たげで、梟のように「ほう」とうなずいていた。吉川にも嫌がらせをしていた首藤教授は、今度の学長選に出ようと企み、さまざまな情報を仕入れていた。それによると袋井は前の大学をアカハラで辞めたらしい。

 初の作家さん。アカデミーの内幕ものなのかと思っていたら、しっかり本格ミステリだったので驚きました。探偵役は探偵というよりは問題解決人というポジションですね。探偵役に騙される側から描いているので、読者も一緒に騙されることになります。砂原がクレーマー気質だというのがポイントでした【※ネタバレ*4】。探偵役に魅力がないのが今一つでした。
 

「君の歌」大崎梢
 

「思い違い」恩田陸(2012)★★★☆☆
 ――コーヒーショップで本を読んでいて、足元に気配を感じた。動物専用のキャリーバッグを持って通り過ぎる男の腰から下が見えた。カウンター席の右隣の男はIT関係のテキストを開いている。左隣の男はノートパソコンの画面に向かって独り言を言っている。ダッダッダッ。窓の外から聞こえる音は、電話工事の音だろうか。ふと女性二人の会話が耳に入った。「同窓会の通知、来た?」「二歳下の妹には来たんだけどね」「そうなの?」

 姉と妹に同じ同窓会の通知が届くはずという魅力的な謎は、残念なことにただのマクガフィンのようなものでした【※ネタバレ*5】。【ネタバレ*6】に偶然入ってしまった第三者の視点で描かれているため、何が起こっているのかわからないのも当然で、サスペンス効果よりもがっかり感の方が大きかったです。『教場』や『ハコヅメ』といった諸作があるいま読めば、【ネタバレ*7】同窓会オチもすんなり胸に落ちます。
 

「カミソリ狐」大門剛明(2012)★☆☆☆☆
 ――近内千秋は変装の名人だった。今日も女装して男から金を騙し取ってきたところだ。自宅に戻ると私立探偵の御木本からメールが届いていた。引退を考えている御木本が、稀代の怪盗カミソリ狐の才能を見込んで名探偵決定戦への出場を依頼してきたのだ。出場した千秋は予選をクリアするが、会場ではそのあまりのクソ問題にブーイングが飛び交った。決勝戦。五人のなかから主催者側の人間を当てるバトルだ。

 こちらも初の作家さん。(実際の伝承をもとにした)カミソリ狐というセンスのかけらもない怪盗名から、ギャグなのだろうとは思いますが、それにしてもひどい。謎解きミステリに対する自己批判的ともいうべきしょーもない真相はいいとして、そうしたずっこけな内容と登場人物の熱意が噛み合っていいないので空回りしていました。主人公が熱心なのは周りに印象づけるためだというのはあるにしても。【※ネタバレ*8
 

「美弥谷団地の逃亡者」辻村深月(2010)★★★★☆
 ――昨日、海に行きたいか、と聞かれて、行きたいと答えた。高校の頃、バイト先の先輩で処女を失くした敦子に負けじと、出会い系で知り合った男とホテルに行った。ご近所サイトで陽次と知り合ったのは、それから三年後、プロフィール欄で紹介されていた相田みつをの詩に胸を撃ち抜かれたからだ。やがて優しかった陽次の束縛が激しくなりだした。暴力を受けても特別な人だと思いたかった。別れようと決意できたのは、新しい彼氏ができそうになったからだ。母にも別れたい話とDVの話をした。

 わたしは相田みつをもみつを好きの人も嫌いです。主人公の美衣はスクールカースト最下層だけれど、自意識ばかりが高くそれを満たしてくれる他人に依存するような痛々しい人物として描かれていて、相田みつをのような薄っぺらい詩に本気で感動するという描写はまさにこうした人物に相応しいと、わたしは受け取りました。ただし著者が相田みつをのことをそう捉えているとは思えないので、惨めな人間がすがる一抹の希望のようなものとして描いているのでしょうか。
 

「呻き淵」鳥飼否宇(2012)★★☆☆☆
 ――写真を撮りに来たついでに「うめきぶち」と呼ばれる滝壺まで来ると、「ううっ……うぐぐっ」と呻くような声がした。地元には梅という少女が竜神の生贄となり木となった「梅木淵」という言い伝えがあるという。滝壺の近くには廃屋があり、かつて住んでいた本田山が殺人を犯して捕まり、残された内縁の妻は首を吊ったという。興味を持ったわたしが滝壺に向かうと、どしゃ降りのなか滝壺からまたも呻き声のようなものが聞こえ、水面に髪の長い人が後ろ向きに立っているのが見えた。

 シリーズものの一篇のようです。どうしても川面に立つ濡れそぼつ幽霊と赤ん坊の怪を描きたかったのでしょう。そこに田舎特有の村八分と違法な財源で謎解きの構図を構築していったようですが、【ネタバレ*9】と、強引なのは否めません。
 

「対の住処」西澤保彦
 

「シレネッタの丘」初野晴(2011)★★☆☆☆
 ――老夫妻が殺され、孫の仁紀が鍵の掛かった室内で血まみれになっているのを、娘のあおいに発見された。今は集中治療室にいる。脳性マヒの仁紀には自力で錠をかけることができないため、高い知能を持ったインコのリエルが仁紀を守るために錠をかけたと推測された。犯人はリエルが知っているのでは……。集中治療室にいる仁紀を自身の息子を重ね合わせた刑事の俺は、廃墟となった遊園地で不思議な青年と出会う。

 これは『メフィスト』で既読でしたが内容を忘れていたので再読しました。高い知能とは何か。会話が出来たオウムのアレックスや、質問者の無意識の反応を読み取っていた馬のハンスの例が引かれています。ハンスの例によって、高い知能とは会話ができるとか道具が使えるということだけではないということが明らかにされたうえで、【ネタバレ*10】という抽象概念を理解できる知性という真相が明かされる手順はスマートです。語り手は仁紀とリエルによる【ネタバレ*11】に衝撃を受け、青年がそれを断罪していますが、あまりうまくいっていません。「シレネッタ」とはイタリア語で「人魚(姫)」の謂で、作中の文章によれば過ちと嫉妬の象徴らしいです。
 

「烏賊神家の一族の殺人」東川篤哉
 

「913」米澤穂信

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*1 凶器を用意したのは被害者であり、犯人が偽のダイイング・メッセージを残した

*2 丑の刻参りを目撃し狙われている

*3 佳代が受験ライバルの展子を蹴落とすために刻参りの女のふりをして脅かして成績を落とそうとした

*4 クレーム常習者が被害を訴えても信用されないので、ことなかれの吉川が被害を訴えざるを得ないように、首藤の嫌がらせによって追い詰められる状況を作り出す

*5 張り込み中の警察の符丁

*6 警察が張り込んでいる喫茶店

*7 警察学校という

*8 探偵が真相を見抜けたのは真犯人だったから。決勝進出者に紛れ込んでいたスパイは主催者だったが予選の引っかけ問題に自分も落ちていた。カミソリ狐と疑われる主人公が推理パーティでアリバイ作りしている間に、真のカミソリ狐である主人公の姉が盗みをおこなっていた

*9 村八分にされネグレクトされた子どもが言葉を話せず呻くような声しか出せなかったり、土砂降りのなかでオオサンショウウオが赤ん坊に見えたり

*10 愛

*11 心中

*12 

*13 


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