『アンソロジー 隠す』大崎梢他(文春文庫)★★★☆☆

『アンソロジー 隠す』大崎梢他(文春文庫)

 女性作家の集まり〈アミの会(仮)〉による書き下ろしアンソロジー第三弾(の文庫化)。加納朋子『少年少女飛行俱楽部』の前日譚「少年少女秘密基地」目当てで購入。好きな作家と未知の作家を読む。
 

「理由」柴田よしき
 

自宅警備員の憂鬱」永嶋恵美
 

「誰にも言えない」松尾由美(2017)★★★★☆
 ――夏野くんのその笑顔に、わたしは心を射抜かれた。わたしより若い、事務所のアシスタント。誰にも言えない。言えるはずがない。リンジーに相談されたきっかけは、夏野くんが仕事の帰り、涙ぐんでいるリンジーを見て声をかけたことだった。リンジーは日本に留学して二か月足らずのアメリカの大学院生だった。ホームステイ先は沢村氏と奥さん、英語を話せる会社員の息子の三人。親切だった沢村夫妻の態度が最近はっきり変わったのだという。掃除をしていると止められ、茶碗も粗末なものに変えられた。息子と出かけたのを両親が誤解したのではないだろうか、とリンジーは考えているが、それも解せない。

 この作品で隠されているのは、語り手の探偵・安西の恋心です。そして最後に【ネタバレ*1】が明らかになることで、さらに【ネタバレ*2】の秘めた思いも明らかになる仕掛けになっていました。この一作かぎりの、しかもラストシーンだけなのに、安西と夏野のシリーズをもっと読んでみたいな、と思わせる魅力がありました。〈隠す〉というテーマに従って、すべての収録作には共通する何かが隠されているのですが、その隠された【ネタバレ*3】を、夫妻がリンジーに冷たくなった理由に結びつけているのが鮮やかです【※ネタバレ*4】。
 

「撫桜亭奇譚」福田和代(2017)★★☆☆☆
 ――岡崎卓也は代替わりした弁護士に説明していた。「天狗の神隠しとかおかしな言い伝えのある場所に、不動産王と呼ばれた父の東馬がなぜ自宅を建てたかわかりますか。埋蔵金伝説があったからですよ」。一週間前、先代社長である東馬が脳溢血で急死した。埋蔵金掘削のため借金をして、資産は二億円のマイナスだった。次男の行弘、三男で養子の紀夫は相続放棄に同意した。当初はこの土地に分譲マンションを建てようと卓也も考えていたが、事情があって借金は会社が肩代わりすることにした。家政婦の寛子さんも引き続き会社が雇うことにした。

 隠すというテーマに則ったせいか、妙に唐突に秘密が暴かれます。一応は天狗の神隠しとかマンションを建てられない事情とか紀夫が恨んでいるはずだとか、伏線(というより思わせぶり)はありますが、あまり上手くいっていません。【※ネタバレ*5
 

「骨になるまで」新津きよみ
 

「アリババと四十の死体」「まだ折れていない剣」光原百合(2017)★★★☆☆
 ――アリババの屋敷の扉に小さく黒い星形が描かれていることに、奴隷娘のモルギアナが気づいた。数日後、アリババが客人を連れて帰って来た。「……んなさま、旦那さま、お起きになってください」アリババはモルギアナに声をかけられ目を覚ました。「数日前から扉に印が書かれてありました。盗賊が目印にすることがあると聞いたことがあります。お客様の油袋に近づいたところ、中から声がしたのです。『そろそろですか、かしら』」

 二篇いずれも名作に隠された登場人物の心情が明らかにされます。「アリババと四十の死体」で語られるのは、『千一夜物語』「アリババと四十人の盗賊」の背景に隠された真相。モルギアナは実は【ネタバレ*6】で、盗賊を殺したのは【ネタバレ*7】ためだったという裏話が隠されていました。「まだ折れていない剣」は、チェスタトン「折れた剣」の前日譚。セント・クレア将軍が如何にして殺意を持つに至ったかが描かれていました。
 

「バースデーブーケをあなたに」大崎梢
 

甘い生活近藤史恵(2017)★★★★☆
 ――子供の頃から誰かのものが欲しくなるタチだった。それでも小学生になる頃には、人のものを欲しがることがいい結果を生まないことは学んだ。だからわたしはターゲットを見つけることにした。たまにいるのだ。友達に好かれるためにはどんなことでもするような女の子が。沙苗とは小学五年生のとき同じクラスになった。それは六年生になったある日のことだった。わたしの部屋にきた沙苗が筆箱を開けた。「ねえ、見て」。わたしは息を呑んだ。こんなきれいなボールペンははじめて見た。オレンジの果肉そのもののような鮮やかな色。わたしは沙苗が目を離した隙にボールペンを取り出し、見つかったとき言い訳が出来るように、ベッドの下に転がした。

 他人のものをほしがることといい、子どもの頃のことだからと言い訳することといい、“こんな人いそう”というのが絶妙にリアルです。後先考えずにSNSに上げるのもそうですね。それにしてもただの出来心ではなく、見つかったときの言い訳までも考えているところにあくどさを感じます。忘れているのは当人ばかりなりで、最後には他人のものを欲しがる病気のせいで罠に嵌まって破滅するところまで、ほんとうに欲しがるだけの人生だったのだなと思いました。
 

「水彩画」松村比呂美(2017)★★☆☆☆
 ――四角い額の中で雪が降っていた。この絵を描いたのが実の母親だというのが不思議な気がする。母は私が欲するものをすべて取り上げてきた。抱きしめられた記憶もなく、目が合うと顔を背けられた。「あら」という声が聞こえて振り返ると、今日は画廊に顔を出さないはずの母が立っていた。「塔子、見にきてくれたのね。この絵、気に入った?」。その日から母は変わった。一週間経っても、以前の母に戻ることはなかった。

 徹頭徹尾、身勝手な母親でした。隠されていたのは、【ネタバレ*8】ことと、【ネタバレ*9】ことでしたが、隠されていたことが明らかになってからすべてが上手くいくのはあまりにもご都合主義です。前半で描かれた母と娘の独特の関係が面白かっただけに、もっと安易ではない真相や結末は用意できなかったのかと残念です。
 

「少年少女秘密基地」加納朋子(2017)★★★☆☆
 ――補助輪なしの自転車で出かけられるようになったら、世界がびっくりするほど広くなった。ぼくとジンタンはさっそく冒険の旅に出ることにした。少し行くと、コンクリの塀に木戸があった。空き家のようだった。「見ろ、カイセイ……事件の匂いがする」。これはジンタンが好きなアニメのセリフだ。物置のような小屋には、小さなテーブルやイス、櫛や鏡があった。「ここには女の子がいたんだ」。ぼくらの夏休みはこうして始まった。女の子と会ったことはない。ゼツミョウのタイミングですれちがっているみたいだ。その日、空箱の中身を見てジンタンは顔色を変えた。ヒモ、ガムテープ、軍手、ナイフ。女の子たちがあぶない。だから助けないと。

 『少年少女飛行俱楽部』の前日譚。まだ子どもだった頃の神と海星、みづきと樹絵里のニアミスが描かれていました。二組は最後まですれ違いながらも、すれ違っているようで実は繋がっていたとわかる手紙のエピソードに心温まります。『名探偵コナン』を連想させる探偵に憧れて推理するジンタンとカイセイの姿は、まさに少年探偵団のようでした。みづきの回想によってまた別の真相が明らかになるのですが、それはそれとしてジンタンのなかでは初めての勝利体験としてしっかりと根づいているのがまた子どもらしいと言えます。本当の真相は秘められたまま、誰にも知られず朽ちてゆき、輝きだけが残るのが思い出の特権というものです。
 

「心残り」篠田真由美

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*1 入れ子構造

*2 作中作品の作者

*3 (漆塗りの)櫛

*4 漆アレルギーと知って漆器を遠ざけるが、夫妻は英語を話せないため息子が出張から帰ってくるまで事情を説明できなかった。

*5 小児性愛者の東馬が子どもを攫って殺して山に埋めていた。紀夫は東馬の性的被害者だった。神隠し伝説のある土地で埋蔵金探しにかこつけて山を掘っていたが、マンション建設のため工事すると死体が発見されてしまう。寛子は東馬の犯行に感づいていた。

*6 盗賊の一味

*7 足を洗う

*8 育児ノイローゼで塔子の兄を赤ん坊のころ殺してしまい、そのせいで子どもに愛される資格はなく嫌われなくてはならないと感じていた

*9 末期癌でもうすぐ長兄の許にゆけるので、塔子と密な時間を過ごしても許されると思った


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