『紙魚の手帖』vol.08 2022 DECSEMBER【読切特集「冠婚葬祭」】

紙魚の手帖』vol.08 2022 DECSEMBER【読切特集「冠婚葬祭」】

「倫敦スコーンの謎」米澤穂信 ★★★☆☆
 ――小佐内さんからメッセージが届いた。〈スコーンを見ます〉。放課後、小佐内さんに先導されて喫茶店に向かった。「それで、何があったの」「スコーンがおいしくなかったの」調理実習で作ったスコーンが生焼けだった。手順のどこにもミスはなかった。おいしいものになるはずだったのに、どうしてだかおいしくなかった。「それで、失敗の原因を突き止めてどうするの」「問題があるの。ひとつ。スコーンは沢海さんって女子が一人で作った。ふたつ。失敗の原因を書いて提出しないといけない。みっつ。失敗したスコーンは沢海さんが作ったんだから、ふつうに書けば沢海さんが失敗したってレポートになる……新しいクラスでの人間関係がちょっと困ったことになるかも」クラスの中で波風を立てたくない。小佐内さんの願いはとても小市民的で、僕たちはそうあるためにこそ互恵関係を結んでいる。

 小市民シリーズ最新作。手順通りに作ったはずのスコーンがなぜ生焼けになったのかという謎を、調理実習班メンバーの性格を手がかりに解き明かします。小佐内さんが失敗の原因を突き止めたい理由が理由なので、原因がわかった時点で事件は解決、関係者の動機などは想像のままです。
 

「矢吹駆連作の舞台裏」笠井潔
 『ミステリマガジン』のインタビューと比べると本当に舞台裏というか、どうでもいいような細かいことまで明らかにされています。
 

「刑事何森 エターナル」丸山正樹 ★★☆☆☆
 ――ラブホテルで高齢男性が刺し殺された。近隣の飲食店でも悪質な客として有名で、金に物を言わせてパパ活を繰り返していたという。現場から若い女が逃げるのが防犯カメラに記録されていた。事件前夜に「トワ」という女性と知り合っている。「パパさん募集。生きがいはラッソン! 大人は3からお願いします」。ラッソンという言葉の意味は不明だ。捜査の過程で被害者が窒息プレイを強要していたらしいことが判明し、事件は首を絞められたトワによる正当防衛もしくは過剰防衛の可能性が出てきた。防犯カメラに写っていた服装の購入先から、トワの身許が割れたが、地元の人間は口を揃えて地味な女性だったと証言した。何がきっかけで派手な恰好をしだしたのだろう。聞き込みを続けた結果、ホストクラブの客の一人が、トワの写真に見覚えのあることがわかった。

 『デフ・ヴォイス』という気持ち悪い作品からは想像できない警察小説で驚きました。ただ、ことさらに専門用語を使っているところとか、最後にいい話風にうまくまとめようとするところなど、そこここで気持ち悪さが顔を出していました。素材を昇華させずに生のまま出す傾向のある作家です。
 

「翻訳のはなし(6) 声が大事なんです」市田
 作品の声とかいう譬喩的な意味ではなく、声優をイメージして音読しているという話でした。
 

「ぼくたちが選んだ(6)当代きっての本好き三人がとっておきの短編を紹介。今回で最終回です」北村薫有栖川有栖宮部みゆき
 最終回だからか好き勝手にしています。有栖川氏は未発表原稿を紹介し、宮部氏は今さらながらにクーンツです。
 

「オークの心臓集まるところ」サラ・ピンスカー/市田泉訳(Where Oaken Hearts Do Gather,Sarah Pinsker,2021)★★★☆☆
 ――優しきウィリアムは肉屋の息子から奪った/娘の心を思いのままに/あの橋の下で会いたいと誘った/オークの心臓集まるところで//「行かないで」とエレンの姉さん二人/「月明かりの下、男に会ったりしたら/ろくなことにはならない/オークの心臓集まるところで」……//ペンシルバニア大学教授のライデル博士は本バラッドの起源を突き止めようとしている。「肉屋の息子から奪った《ロブド・ザ・ブッチャーズ・サン》」は「ロバート・ブッチャーの息子」と解するべきだと仮説を立てた。ロバート・ブッチャーという老齢の事務弁護士がゴールという村に住んでいて、1770年代に絞首刑賛成の投書を行っている。10月にはゴールを訪れる予定だ――ヘンリーマーティン > そのロバート・ブッチャーには絞首刑になった息子がいたのか? 理由は?――ハングザDJ > 歴史家のカーク女史とやり取りしている。――ヘンリーマーティン/エレンと姉たちは運命の三女神を表している――ダイナマム > ――バロウボーイがこれを拡大解釈とマークしました――

 古いバラッドを巡るフォーラムだか掲示板だかのやり取りを模しています。ただの思いつきを何でもかんでも投稿する人や、それをしたり顔でツッコミ警察のようにいちいち指摘する人など、いかにもそれらしいやり取りが続いています。吸血鬼めいた内容のこのバラッドにもモデルがあるらしく、現地に調査に行ったフィールドワーカーが行方をくらまして……という展開は王道です。作中の参考リストのアドレスをたどると、著者がこのバラッドを歌っているユーチューブに繫がります。
 

「INTERVIEW 期待の新人 荻堂顕 『ループ・オブ・ザ・コード』」
 あらすじはあまり面白そうではないし、「令和版の『虐殺器官』をやろうと思ってます」という発言には痛たたたた……という感じでしたが、「伊藤計劃さんのファンだからこそ、「伊藤計劃以後」という言葉を含む、彼が望まなかったであろう消費の仕方に疑問を感じていました」という言葉には膝を打ち、「そのキャッチフレーズに惹かれない編集者はいないだろうと考えていました」という狙いに納得しました。

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