『孤島の来訪者』方丈貴恵(東京創元社)★★★☆☆

『孤島の来訪者』方丈貴恵(東京創元社

 帯には「『時空旅行者の砂時計』に連なるシリーズ第2弾」とあるので、あれの続編とはどういうことなのかと不思議に思ったのですが、シリーズ第2弾とは続編という意味ではなく、前作の事件当事者だった竜泉家の親戚が主人公であるということであり、帯裏には〈竜泉家の一族〉シリーズという表現もありました。

 四十五年前、島中の住人が刺し殺されるという事件が起こった幽世島。盗掘を見咎められた大学教授が口封じに住人をみなごろしにした挙句、住人の一人・三雲英子と相打ちになったと考えられていました。教授の死体は獣に咬まれてぼろぼろになっており、島で飼われていた犬が飼い主を守ろうと戦った痕跡だと考えられました……。

 2019年、J制作のAD竜泉佑樹はロケ班の一員として幽世島に向かっていました。幼なじみを殺したプロデューサー、ディレクター、芸能プロ社長に復讐するため芸能の世界に入り、遂に三人を確実に殺すチャンスを手に入れたのでした。ロケハンの名目で殺害場所の下見もおこなうことができました。父親が島出身だというシンガーソングライター三雲絵千花を案内役に迎えた特番撮影の初日、干潮時にだけ現れる道を通って離島から本島に戻って来た佑樹たちは、ディレクターの刺殺体を発見します。

 自分が殺すはずだった人間を先に殺されてしまい、後悔と戸惑いを覚える佑樹でした。さらには現場には被害者と猫の足跡しか残されておらず、大量の出血が見られるというのに返り血を浴びた人間はロケ班にはいないという不可解な状況でした。復讐の邪魔をさせないために、犯人を突き止めて拘束する――それが佑樹の出した答えでした。佑樹はロケ班のみんなを集め、状況から導き出した犯人を指摘します――。

 前作の当事者だった竜泉一族の親戚が主人公であり、前作の主人公だった加茂が書いた四十五年前の事件の検証記事が作中に登場している――ということを除けば、前作とのつながりはほぼありません。マイスター・ホラはただのナレーターですし、タイムトラベルも今回はまったく関わって来ません。

 けれど超常的な要素が取り入れられているのは同様で、タイトルになっている「来訪者」がキーとなっていました。『盗まれた街』ですね。前作『時空旅行者の砂時計』の場合はタイトルからも本文序盤からもSFなのは明らかでしたが、本書の場合は中盤で消去法推理により特殊設定が導き出されるというのが、ミステリとしてはかなり異端というか冒険であるように思います。あるいは『屍人荘の殺人』の成功からも後押しされているのでしょうか。

 復讐そっちのけで犯人捜しに集中しているのが、著者らしいと感じました。前作でもクローズド・サークルの恐怖はほとんど描かれずスムーズに犯人捜しがおこなわれていたものです。とはいえ本書は来訪者の趣向もあるため、前作よりは恐怖が勝っていました。

 短歌による暗号「こがねむし 仲間はずれの 四枚は その心臓に 真理宿らん」は江戸川乱歩風味で、クローズド・サークルといい、何重ものどんでん返しといい、さすがミステリ研出身だけあって、ツボを押さえています。しかもこの暗号、単なる隠し場所の暗号なだけではなく、解かれた隠し場所を見つけることができるかどうかで来訪者を特定する罠【=ネタバレ*1】にもなっているという二段構えなのには感嘆しました。

 来訪者は実力的に一対一でないと人間を殺せないにも関わらず、一人になりたがる人間がいるというのも、クローズド・サークルもののお約束です。そのお約束に、説得力はさほどないとはいえ【ネタバレ*2】という理由付けが為されているあたりも隙がありません。

 来訪者の性質上、犯人捜しはアリバイ潰しが主となるのですが、離れてトイレなどにも行かねばならない以上なかなか絞りきれません。そこにさらに【ネタバレ*3】という特殊な性質を加えることで、アリバイの前提そのものをひっくり返す手並みは鮮やかでした。クローズド・サークルものの古典的名作でも用いられている、いわばこのジャンルの王道【=ネタバレ*4】みたいなもののバリエーションではあるのですが、殺人ミステリであると同時に侵略ものでもあることに気を取られてしまいました。

 わざわざ図表まで出てくるような複雑な時系列と【ネタバレ*5】が、条件を一つ変えるだけで新たな構図に変わるのはさすがに手慣れています。四十五年前の事件も単なる前日譚ではなく、もう一つのファクター【=ネタバレ*6】にもなっているところも無駄がないと思いました。

 前作も本書もかなり好きではあるのですが、やはり特殊設定が充分に作品世界に溶けきっていないのと、登場人物たちがあまりにも本格ミステリの住人すぎるのとで、マニア以外にはお勧めしづらい内容となっていました。

 謀殺された幼馴染みの復讐を誓い、ターゲットに近づくためテレビ番組制作会社のADとなった竜泉佑樹は、標的の三名とともに無人島でのロケに参加していた。島の名は幽世島《かくりよじま》――秘祭伝承が残る曰くつきの場所だ。撮影の一方で復讐計画を進めようとした佑樹だったが、あろうことか、自ら手を下す前にターゲットの一人が殺されてしまう。一体何者の仕業なのか? しかも、犯行には人ではない何かが絡み、その何かは残る撮影メンバーにに紛れ込んでしまった!? 疑心暗鬼の中、またしても佑樹のターゲットが殺害され……。

 第二十九回鮎川哲也賞受賞作『時空旅行者の砂時計』で話題を攫った著者が贈る〈竜泉家の一族〉シリーズ第二弾、予測不能な孤島本格ミステリ長編。(カバー袖あらすじ)

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 孤島の来訪者 




 

 

 

*1 来訪者は赤色色盲

*2 もう一人の復讐者が被害者のところに来訪者を誘導していた

*3 来訪者は死肉は食らえないため襲った人間を仮死状態にできる

*4 死んだと思った者が生きていた

*5 人物誤認(というか死者誤認)

*6 来訪者は現在の来訪者と四十五年前の来訪者の二人いた


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