『傍聞き(かたえぎき)』長岡弘樹(双葉文庫)★★☆☆☆

『傍聞き(かたえぎき)』長岡弘樹双葉文庫

 日本推理作家協会賞受賞作を含む純粋な短篇集です。あまりにもわざとらしすぎる構成を、巧みだと取るか大根役者だと取るかで評価は別れそうです。
 

「迷走」(2008)★★★☆☆
 ――消防無線のアラームが鳴り、現場へ駆けつけた室伏が、刺された被害者の顔を見て表情を険しくした。「知り合いですか?」蓮川が訊ねると、うなずいた。どこの病院の満床だった。「増原もか? おれに遠慮するな」。室伏は、娘であり蓮川の婚約者を車で轢いた加害者の名前を口にした。電話に出た増原は、今は院内ではなく出先だから無理だ、と断ろうとした。「患者が葛井でもか?」室伏の言葉に、返答はなかった。葛井という名前を聞いて、蓮川は改めて被害者の顔を見た。ではこの男が、増原を不起訴にした検察の人間か? 病院の確保が出来ないまま、室伏は救急車のサイレンを鳴らしながら病院の周りを回り始めた。

 娘の敵の一人が自分に命を握られた状態で目の前にいたら?という究極の選択にも似た状況と、サイレンを鳴らし同じ場所を回り続けるという不可解な行動の謎の真相【※ネタバレ*1】が明らかになると、究極の選択だという認識自体が誤りだったとわかり己の浅ましさを恥じるばかりです。自分の本分を見失わないことはそうそうできることではありません。探偵役や目撃者が大事な情報を黙っている不自然さを様々なミステリ作家がいろいろ言い訳してきましたが、この作品の場合は【ネタバレ*2】という伏線も利いており説得力もありました。
 

「傍聞き」(2007)★★☆☆☆
 ――羽住啓子は自宅近くに盗犯係の車が停まっていることに気づき、身分を明かして中に入った。独り暮らしの老婆・羽住フサノの家だった。鑑識の話では、目の下に傷のある男が目撃されているらしい。(まさか、ネコ崎?)啓子がストーカーと傷害で逮捕した横崎が近所に現れたのは偶然だろうか。夫は放火犯に復讐されて殺された。啓子は娘の菜月にも注意を促したが、反抗期の菜月は口を聞かずにメモを寄こした。母親への文句もはがきに書いて送っていた。『何時まで泥棒おっかける気なの?』。啓子は連続通り魔事件の捜査で忙しい。だが菜月の字は汚く、はがきはフサノの家に誤配されていた。

 第61回日本推理作家協会賞短編部門受賞作。『線の波紋』を読んだときも感じましたが、作者にはどうも様々な要素を無理矢理一つにまとめようとする癖があるようです。人工的な謎解きミステリではないだけに却って、完成度の高さよりも不自然さが際立っていました。ネコ崎の不可解な行動も菜月の反抗的な態度も「傍聞き」による効果を狙った【※ネタバレ*3】ものである性質上、迂遠なものにならざるを得ませんが、迂遠であるだけに不自然さも目立ちます。
 

「899」(2007)★★☆☆☆
 ――諸上将吾が隣家に住む新村初美と出会ったのは、東隣の老人が出した失火がきっかけだった。消火活動の終わった諸上に、生後四か月の娘あいりを抱えた初美の方から話しかけてきたのだった。出勤前に会話するようになって二か月ほど経ったころ、再び老人宅から火が出て、今度は新村家にも燃え移った。あいりが取り残されているという。諸上はあいりを助ける役目を笠間に任せることにした。初美にいいところを見せたい気持ちはあったが、息子を亡くしてから塞ぎ込んでいる笠間に子どもを助けさせることで立ち直って欲しかったからだ。ところがあいりは部屋のどこにもいなかった。

 理屈ではないのでしょう。子どもを亡くしている人間からすれば、子どもを粗雑に扱っている人間など許せない。そしてまた、同僚の火傷跡から熱いハンドルに触れていた時間まで推測してしまえる人間であれば、どういったことまでなら命の危険はないということが直感的にわかるのでしょう【※ネタバレ*4】。とはいえ感情的に納得しがたいところはあります。タイトルの899は作中の消防署で要救助者を指す符牒
 

「迷い箱」(2007)☆☆☆☆☆
 ――設楽結子は元受刑者の更生保護施設の施設長だ。佐藤は今も盗癖があり、商店街の備品からゴミまで持ち帰ってくる。ゴミを捨てられない佐藤に、会社の社長が迷い箱の話をした。ゴミ箱に捨てる前に「迷い箱」に入れておけば、五、六日で捨てられるそうだ。碓井は無灯火の自転車で酔っ払い運転して小学生を撥ねて殺してしまった。女児の親からの手紙には、「一年のうち三百六十四日は世のため働いてください。娘の命日には娘と同じように苦しみながら死んでください」と書かれていた。命日が近いため結子は心配していた。ここ何日か碓井は家電量販店をまわったり、飲み屋に入って何も飲まずに出て来たりしていた。命日から数日後……。

 何の工夫も仕掛けもないただの臭くて出来の悪い人情話です。わたしには完全に合いませんでした。【※ネタバレ*5

  




 

 

 

*1 電話相手が急病になったと気づいた室伏は、電話から聞こえる救急車のサイレンをもとに倒れた場所を割り出そうとした

*2 何かあったとき自分一人が責任を背負い込むため

*3 真犯人である留置係に出頭を促すため、面会に来た啓子を脅すような言葉を使って監視していた留置係を脅していた。通り魔事件だけでなく窃盗事件も捜査していることを被害者に伝えるために、母親への文句を装ってわざと間違った宛名のはがきを書いていた

*4 子どもを亡くした笠間は、育児疲れで虐待していた母親に子どもの大切さを自覚してほしいため、空気を入れた防火ズボンをかぶせてクローゼットに隠して敢えて見つからないふりをした。

*5 施設長に恩?愛情?を抱いている碓井はテレビでインタビューされる施設長見たさにテレビのある場所をまわっていた。番組を見て満足したあと自殺しようとした。

*6 


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