『ミステリマガジン』2023年11月号No.761【ポケミス創刊70周年記念特大号】
「特別鼎談 ポケミス創刊70周年によせて」平岡敦×杉江松恋×阿津川辰海
そういえば最近ポケミスあんまり読んでないかも。阿津川氏が装丁も内容も褒めていた『アックスマンのジャズ』は以前から気になりつつ未読。北欧ミステリ『樹脂』は「変な話」というのが気になります。平岡氏が「ここ数年で読んで面白かった」と名前を挙げている『ホテル・ネヴァーシンク』も「いわゆるミステリではないのだけども」、『ささやかな手記』も「ちょっと変わっている」と、どちらも面白そう。
「インディアン・ロープ・トリックの謎」トム・ミード/中山宥訳(Indian Rope Trick,Tom Mead,2020)☆☆☆☆☆
――奇術師がロープを空へ向けて繰り出すと、何の支えもないのにどこまでも高く伸びていく。そのあと、助手がロープをてっぺんまで登り、姿が見えなくなる。やがて助手の手足がばらばらになって降ってくる。奇術師がそれを拾い集め、袋に入れると助手が無傷のまま生き返るのだ。ある会合の席上、奇術師のル・スールと催眠術師のドクター・グプタがこの奇術を完全に再現できるかどうかで議論していた。引退した奇術師ジョセフ・スペクターがそれを耳にして、ロープ・トリック勝負の仲立ちをすることにした。助手には双方同意のもとでエイダが選ばれた。はじめにドクター・グプタが演じた。一週間後、ル・スールが指定したのは田園地帯の小屋だった。突き立ったロープが燃え上がったのにはスペクターも度肝を抜かれた。……奇術が終わり、四人は小屋に入った。ル・スールが外に出たが戻ってこない。見に行くと車のそばで倒れている。ロープで首を絞められたようだった。ほかの三人はずっと家のなかにいて犯行は不可能に思えた。
ポケミス『死と奇術師』と同じ探偵役のシリーズもの。何から何まで雑すぎて啞然としました。まずはロープ・トリックの完全再現と豪語しながら、二人とも助手がばらばらになる過程はすっ飛ばしている点です。また、古典的なトリックを用いたグプタに対し、ル・スールは新しいトリックを考え出したようですがこれもひどい。【ネタバレ*1】というのも荒唐無稽だし、ロープを燃え上がらせることで【ネタバレ*2】のはともかく、【ネタバレ*3】を仕込んだロープであれば燃えた跡がバレバレではないでしょうか。何よりもひどいのは、このロープ勝負と殺人事件にまったく関連性がないことです。スペクターは【ネタバレ*4】ミスディレクションだと説明していますが、絶海の孤島ならいざ知らず、警察がすぐに捜査できるような状況で【ネタバレ*5】を偽って何の意味があるのか。
「腹を立てたゴミ屋」E・S・ガードナー/田中融二訳(The Case of the Irate Witness,Erle Stanley Gardner,1953)★★☆☆☆
――ジェブソン産業株式会社の大金庫が破られ、月二回の給料支払いにあてる大金が盗まれた。夜警のトム・マンソンは酔い潰れていた。経理のラルフ・ネスビットは沈黙を守っていた。一年前、支配人になったフランク・バーナルに大金庫の構造が時代遅れになっていると進言したのだが、バーナルは経費を抑えるために金庫はそのままで夜警と警報装置で間に合わせたのだ。前科者のハーヴェイ・L・コービンが逮捕された。控えてあった紙幣番号と同じ番号の紙幣を持っていたのが証拠だった。この町はジェブソン産業が独占していて、個人の財産などないも同然。自力で稼いでいると言えるのは、厨芥あつめをしているジョージ・アディーという爺さんだけだった。窮地に立たされたメイスンは、そのアディーを証人として喚問した。
ペリイ・メイスンもの。特に突出しているとも思えないのですが、EQMM時代も含めると三度目の掲載です。メイスンがネチネチ攻撃しているのを読むと、弁護士ってミステリ的にはアンチ・ヒーローだなと思いました。そもそも真相解明や犯人捜しが仕事ではないですし。この作品だと冒頭で犯人っぽい描写をして倒叙っぽく仕立てていることで、そこら辺はうまいことやっていますが、それはそれで紙幣番号が同じだった理由が【ネタバレ*6】だというのはしょぼすぎました。
『渇きの地(冒頭試し読み)』クリス・ハマー/山中朝晶訳(Scrublands,Chris Hammer,2018)
ポケミス70周年記念第一弾のオーストラリア作品の冒頭掲載。
「ポケミス・ブックデザイナー水戸部功氏に訊く」
そうそう、タイポグラフィの人っていうイメージがあったので、初めて具象画のデザインになったときは意外に思ったものですが、ご本人も「それはそれで楽しくやってます」とのこと。
「ハヤカワ・ミステリ創刊70周年&2000番記念作品ラインナップ紹介!」
それぞれオーストラリア、韓国、スウェーデン、スペイン、中国の作品が刊行予定。スペインと中国が面白そう。鼎談でも触れられていた「『レ・ミゼラブル』を読んで、なぜか警官になろうと決意する」スペインのハビエル・セルカス『Terra Alta(漆黒の夜を超えて)』は、あらすじを読む限りでは主人公が影響を受けたのはジャベールではなくジャン・ヴァルジャンとミリエル司教のよう。中国の馬伯庸『両京十五日』は2000番記念作品でもあります。明の時代を舞台にしたタイムリミット・サスペンス。
「芳林堂書店書泉と、10冊」として、飛鳥部勝則『堕天使拷問刑』が限定復刊される模様。9/30→10/5まで予約しているそうですが、むかし読んだ『殉教カテリナ車輪』はいまいちだったしなあ。
「日本推理作家協会賞(2023年)翻訳小説部門賞 受賞記念インタビュー」ニクラス・ナット・オ・ダーグ(聞き手:阿津川辰海)
『1973』『1974』『1975』著者インタビュー。
「迷宮解体新書(136)京極夏彦」村上貴史
ようやく出た。『鵼の碑』。待ちくたびれました、長かったです。
「書評など」
◆『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』は、フォード短篇集第2弾。蝉谷めぐ実『化け物手本』は、『化け物心中』に続くシリーズ第二作。香納諒一『絶対聖域 刑事花房京子』は、倒叙シリーズ第3作。
「第13回アガサ・クリスティー賞選評」鴻巣友季子・法月綸太郎・清水直樹
「華文ミステリ招待席(13)」
「スイカ狂想曲」冷水砼/阿井幸作訳(西瓜狂想曲,冷水砼,2021)☆☆☆☆☆
――俺は博文書店というちんけな本屋でエアコンをつけながら酷暑をしのいでいた。そこに、「死刑だ! 死刑!」と声を張り上げて、美少女といっても差し支えない顔に目くそをつけた人間が入ってきた。小米は学校に友達がおらず、いつもうちに来て時間を潰している。「何があったの?」「一週間前から団地のゴミ箱のそばに毎晩、半玉分のスイカの皮を捨てていくやつがいるの。ゴミ箱のそばまで来ておいてそこらへんに捨てるってなに?」「つまり、モラルの低さではなく別の意図があると」「だから私たちで犯人を見つけ出そうってわけ」そこになんと客が来た。三日ぶりだ。小米と同じマンションのおばさんと二人の男の子だそうだ。「おばさん、久しぶり」「旅行から戻ってきたとこなの」「全然日焼けしてないけど」「ちょっとね」「いいね。そうだ、スイカの皮のことは知ってます? 今朝は初めてバスタブの中に捨ててあったの」
デビュー作なので欠点よりも良い点に目を留めようとは思うものの……。用意された登場人物をペタペタ貼り付けているだけで小説の体をなしていません。捨てられたスイカの皮という日常の謎も、根拠も手がかりもなく妄想を繰り返しているだけです。そうかと思うと貼り付けられた登場人物が唐突に(都合よく)「九マイルは遠すぎる」発言をし始めました。スイカの謎よりは根拠に基づいていますが説得力はありません。日本のミステリ(と文化)に影響を受けたらしく作者名や作品名が頻出します。著者名は区切らずに「ロンシュイトン」でしょうか。
「ハヤカワ・ミステリ総解説目録 [1953-2003]」
本書の半分を占めています。刊行年月日、原題、原書発行年、訳者名も記されているのは助かるし、短篇名からでも引ける索引も気が利いています。
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*1 晴れた日の陽射しのまぶしさの下、煙突から発生させた煙と遠くの雲の区別がつかない状況を作り出し、助手は煙のなかに隠れた
*2 助手が隠れる隙を作った
*3 奇術用の折りたたみ式金属チェーン
*4 奇術用の帽子に毒針を仕込んだうえで、ロープによる絞殺だと思わせるための
*5 ぱっと見の死因
*6 番号リストのすり替え