『紙魚の手帖』vol.14 2023 DECEMBER【読切特集「料理をつくる人」】

紙魚の手帖』vol.14 2023 DECEMBER【読切特集「料理をつくる人」】

「向日葵の少女」西條奈加

「白い食卓」千早茜 ★☆☆☆☆
 ――水族館で出会った女は、「お腹、すいていませんか」と私に声をかけ、弁当を差し出してきた(扉惹句)

 弁当をすすめる初対面の人とその後も交流を持つという非現実的な状況からは、スリップストリーム系の不思議小説をイメージしますが、不思議ちゃんなおばさんと不遜なじじいが実際にいそうなリアルさを持っているせいで、幻想性と現実性が不自然さばかりが際立っていました。
 

「メインディッシュを悪魔に」深緑野分 ★★☆☆☆
 ――オープン以来初めてのノーゲストだった。「誰でもいい。ああ神様。いいえ、悪魔でもいいから来て」ジュリエットは呻いた。その時、ドアから人影が入って来た。美しい女性だったが、かすかに鼻につく匂いがした。「空いてらっしゃるのね」「ええ……」「心当たりがありますわ」デイジーと名乗る女性に連れられて高級ホテルに入ると、痩せた長身の男がソファに腰掛けていた。壁に映った影には、頭部に二本の角が生えている。「あなたは……サタンね」「正解。君をここに呼んだのは深い理由はない。人間の食事を楽しみたいだけだ。退屈なんだよ」

 悪魔からの依頼ですが、人間が知恵を絞って裏を掻くという話でもないし、悪魔側に魂胆があるわけでもなく、強いて言うなら人情噺めいていました。
 

「冷蔵庫で待ってる」秋永真琴 ★★★☆☆
 ――よし。完成した。和風ジャーマンポテトが。「やっぱり外食っていいよねぇ」「えっサオリ怖っ、じゃあ送ってきた肉じゃがの写真は何。自炊が楽しいって話じゃなくて?」。視界の隅に、新たに食堂に入ってくる人が映った瞬間、全身がこわばった。三上くんはこちらに気づいたそぶりはない。「あんな空いてる食堂で気づかないわけねえべ」外に出てからイッスイは吐き捨てるように言った。「だよねえ」「元彼がいるサークルなんて辞めれって。小説はひとりでも書けるしょ」「元彼じゃないけど」一年前、大学一年生の秋だった。文芸部の合評会のあと、居酒屋に行った帰り道だった。三上くんの唇を、私はそっと受け入れた。私の青春は順風満帆だと思われた。小椋さんが現れるまでは。秋から文芸部に入った小椋さんは攻撃的だったため、部内の空気は悪くなり、欠席する人も増え始め、変な派閥も生まれてしまった。私が小椋さんから攻撃されても、三上くんは私の感情のことには触れず、当たり障りのない正論しか言ってくれなかった。

 いくら「料理をつくる人」特集だからといって、料理を作っている手順を何度も描写するのには笑ってしまいました。タイトルにもなっている一言が小気味よい。
 

「対岸の恋」織守きょうや ★★★☆☆
 ――実姉、莉子が結婚することになった。俺には義兄ができ、さらに、彼には映奈という高校生の妹がいるので、義妹までついてくるという。今日はその映奈と、海へ行く。俺たちは同類だった。初めて顔を合わせたとき、すぐにわかった。俺と同じ、絶望した目をしていた。莉子と俺は血はつながっているが、子どものころ両親が離婚してそれぞれに引き取られた。母が死に、父と姉と再会し、高校入学と同時に、先に上京して就職していた姉と暮らすことになった。生活費は莉子の収入で賄われていたから、俺は家事一切を引き受けた。莉子は俺の作る料理を、おいしいおいしいと嬉しそうに食べた。「私がお嫁に行けなくなったら理貴のせいだからね」。望むところだった。むしろそのためにやっている。俺なしでは生活できなくなって、俺を置いていかないように。それなのに、このずぼらでお人好しの姉は、結婚するのだという。映奈も同じ秘密を抱えていることにはすぐに気づいた。胃袋をつかめば安心だなんて、本気で信じていたのだろうか。地獄だ。恋が地獄まで追ってくる。逃げるためには消えるしかなかった。

 大好きな血の繫がった姉のために料理を作ってきた弟と、大好きな血の繫がっていない兄のために料理を作ってきた妹。料理や食事は生活に密着しているだけに、どうにもならない関係の最後の拠り所なのでしょう。すごく真っ直ぐな青春小説でした。
 

「夏のキッチン」越谷オサム
 

「第4回 倍々の冒険」熊倉献
 ――「祠に収めていた石を見つけてほしい」としゃべる蛇。そうすれば元の姿に戻れるというのだが……?(扉惹句)

 これまでの著者の作品と比べると、比較的まっとうな少年の冒険もののように感じられます。
 

「追悼 池央耿」高見浩・戸川安宣

「乱視読者の読んだり見たり(9) 浴槽で発見された本」若島正

「クリスマス・イヴ」フレッド・ヴァルガス/藤田真利子訳(La Nuit des brutes,Fred Vargas,1999)★☆☆☆☆
 ――一緒に当直をしているドニオーは受付でうつらうつらしている。十二月二十四日。この日は特別だ。ほかの連中はみな出かけている。だがアダムスベルグ警視は心構えをしていた。「クリスマス」と事件の山。「クリスマス」と多くの悲劇。クリスマス、暴力の夜。絶対にそうなる。太った女性が橋の欄干を越えてセーヌの黒い水に落ちた。雨に豊かさを増した強い流れ二十四日と二十五日の夜に川底にある女性の体を押し流し、二十六日の夜に浮上させ、二十七日の夜明けに岸にうちあげた。検視医の意見は自殺だった。だがアダムスベルグは言った。「殺人だ。片方の靴は犯人が持ち去ったんだ」「証拠はありませんよね」「ないな」

 登場人物に魅力がありませんでした。
 

「翻訳のはなし(12) 大好きな作家の傑作選を編む」谷垣暁美
 ジェフリー・フォード短篇集について。
 

ディオニソス計画」宮内悠介 ★★★★☆
 ――アフガニスタンの首都カブールの茶屋で声をかけられた。「日本人だね」発音からするとイギリス人か。アーサーと名乗るその小説家は話を続けた。「条件に合う者を探していた」。詐欺師だろうか。危ない匂いがする。「アポロ計画のことは?」「ある程度なら」旅行者のあいだではこの話題でもちきりだ。「本当に月旅行が可能なのですか?」「もちろんだ。来年のいまごろには実現するだろう。もっとも、アメリカが威信をかけたプロジェクトだ。万が一に備えて、月着陸映像を偽造し、万一のときにはそれを放送することになった。現地人との通訳を探していた」。撮影現場は、ハザラ人と呼ばれる被差別のモンゴロイドが暮らす地域だった。バスのなかで、ママドという村人と甥っ子のイエルガと知り合った。宇宙飛行士役のジェレミーを見て、イエルガは目を輝かせた。「聖者様だ!」。だがリハーサルを見たママドは血相を変えた。「俺たちの土地に星条旗を立てる気か!」。それでもどうにか撮影が始まったが、宇宙飛行士の足取りはぎこちない。ついには身悶えしてその場に倒れた。慌てて駆け寄りヘルメットをはずすと、首のあたりから血が流れていた。それ以上に驚いたのは、それがジェレミーではなく、ハザラ人の女性だったことだ。しかも宇宙服は無傷なのに、なかは血塗れだった。

 イスラムのなかでも少数派のハザラ人ミステリということで、異文化どころか異世界ミステリの趣がありました。足取りがおぼつかないのを、そのときすでに攻撃されていたからだとわたしなんかは単純に考えてしまいましたが、ちゃんとそこに伏線が張られていました。純粋すぎるがゆえに悲劇を招いた特異な動機も印象に残ります。また、『2001年宇宙の旅』のプロジェクトに関わり、「充分に発達した技術は、魔法と区別がつかない」と口にするなど、そこここにヒントはあったのでした。
 

「私の必需品(13)冬の夜ひとりの旅人が」酉島伝法
 未読の解釈と栞について。
 

「みすてりあーな・のーと(2) 北村薫さん、泉鏡花文学賞を受賞」戸川安宣

「INTERVIEW 期待の新人 麻宮好『月のうらがわ』」

「INTERVIEW 注目の新刊 町田そのこ『夜明けのはざま』」

「BOOK REVIEW」瀧井朝世・村上貴史・他
 ギジェルモ・マルティネス『アリス連続殺人』はアルゼンチン・ミステリで、『オックスフォード連続殺人』の続編。高岡哲次『最果ての泥徒《ゴーレム》』は、日本ファンタジーノベル大賞受賞作家の第二作。十九世紀末のヨーロッパ小国を舞台にした歴史改変小説。東曜太郎『カトリと霧の国の遺産』も、十九世紀後半の英国を舞台にしたジュヴナイル小説の第二作。
 

 [amazon で見る]
 紙魚の手帖 14 
 


防犯カメラ