『世にもふしぎな動物園』小川洋子・東川篤哉他(PHP文芸文庫)★★☆☆☆

『世にもふしぎな動物園』小川洋子東川篤哉他(PHP文芸文庫)

 帯によると、「ペンネームに隠れた『どうぶつ』をテーマに、豪華作家陣が紡ぐ前代未聞のアンソロジー」。『どうぶつたちの贈り物』の改題文庫化です。巻末の広告ページによれば、伊坂幸「犬」郎・貫井ドッグ郎ほかによる『「ワン」ダフル・ストーリー』という犬づくしのアンソロジーもあるらしく、面白いことを思いつくものだなと感心しました。
 

「馬の耳に殺人」東川篤哉(2016)★★☆☆☆
 ――道路を右に曲がると馬がいた。清水さんちのロックのようだ。敷地から逃げ出したのだろう。学校まで歩かずに済む。わたしはあぶみに足を掛けて跨った。だけど手綱を引こうがロックは無視。沼地に来てようやく足を止めた。頭から血を流した小太りの男が倒れていた。死んでいたのは清水さんだった。行方不明の従業員が犯人だろうか。男を乗せて走る馬を追いかける小太りの男を、旅行者も目撃していた。

 テーマは「篤」より「馬」。馬がしゃべる必然性がありません。ましてや関西弁なのでただただうざい。とは言え殺人事件のトリックには馬であることが活かされており、ギャグだけではなく本格ミステリとして評価の高い著者らしい作品でした【※ネタバレ*1】。語り手の何気ないあぶみの描写が手がかりになっていたりなど、馬がしゃべるおふざけとは裏腹の芸の細かさが見えます。
 

「幸運の足跡を追って」白川三兎(2016)★☆☆☆☆
 ――占い師の母が祖母の看病に行ってしまったため、ニートだった私は生活費を工面しなくてはならなくなった。母が拾ってきたフランス人のティエリーは、母の代わりに占いをしろと言う。ヴェールで顔を隠せば他人とも話せるし、母だと思わせられる。最初の依頼は、可愛がっていた兎の安否だった。ティエリーは近いうちに見つかりますと安請け合いし、私たちがこっそりと兎の居所を探すことになった。依頼人の娘が何か知っているようだ。

 テーマは兎。日本を馬鹿にするフランス人が出てきて、兎なんてどれも同じ顔に見えるという話から、フランス人からは日本人はみんな同じ顔に見えるという話に繋がり、【ネタバレ*2】という意外な事実が明らかになります。とはいえ意外な事実が直接的に事件に結びつかないため、だからどうしたとしか思えない【ネタバレ*3】の失敗例です。いじめっ子から母親の国に【ネタバレ*4】があることを知らされて不安になって逃がした云々その他いろいろありますが、一つ一つの要素をティエリーの毒舌で無理に繋げているだけなので、とにかく薄っぺらい文化論と作品でした。
 

キョンちゃん」鹿島田真希(2016)★★☆☆☆
 ――高校の同級生であるルミに、「奢るから会おうよ」と言われて焼き肉屋へ行ったのは軽率だった。「ねえ、キョンちゃんに誰か紹介したいんだけど」「誰?」「友達。こっちが勝手にそう呼んでるんだけどね」。それって俺と、俺の友達と、ルミと、キョンちゃん四人の合コンってことだろ? 「俺の友達、冴えないヤツばっかりだよ」「じゃあこの前学園祭で会った親友の山野君? 彼でいいよ」。山野は背の高いハンサムな馬鹿だ。「キョンちゃん? どこの国の子?」「日本人に決まってるだろ」「キョンちゃんって臆病な性質?」「会うのは人間だぞ、シカじゃないからな」

 テーマは鹿。というかキョン。「時々、山野と話が通じているのかわからなくなる」という山野君にシンプルに苛々しました。鹿の王みたいなよくわからない存在が出てきて語り手に真実を明らかにするのは、テーマに対するエクスキューズでしょうか。人間のキョンちゃんの正体【ネタバレ*5】はあれだけうざい人と親友なのだと思えばさもありなんです。
 

「蹴る鶏の夏休み」似鳥鶏(2016)★★☆☆☆
 ――B組の日吉さんの家に白いカラスが出たらしいという目撃情報を得て、新聞部の飛田は大喜びで日吉さんの家に出かけた。俺は新聞部ではないのだがなぜか呼び出された。飛田が自販機に向かうと、日吉さんが大声で止めた。途端に柵を越えてオスのニワトリが襲いかかってきた。日吉によると最近ニワトリのピーちゃんに傷が増えたという。何かと戦っているらしい。「野菜泥棒?」「襲われても戦わずに逃げるだろう」と言って自販機でジュースを買うと、お釣り取り出し口から小銭がじゃらじゃら出てきた。「『白いカラス』の正体がわかったかもしれない」

 テーマは鶏。白いカラスから玉突き状に新たな謎が出てきて、ゴールはどこなのか煙に巻かれます。カラスの知能に基づく【ネタバレ*6】という真相は一見バラバラな手がかりを結びつける真実としては面白く、これでテーマが鶏ではなく烏だったなら完璧だったのにと思わずにはいられません。そこからさらに、カラスが手口を真似た人間がいるということで【ネタバレ*7】が出てくるのはギャグみたいなもので、ただの面白動物ネタだと思えたものが実は大事件だったというお約束です。
 

「黒子羊はどこへ」小川洋子(2016)★★★☆☆
 ――村で唯一の託児所『子羊の園』のはじまりは、大風の吹いた夜に遡る。船が座礁し、二頭の羊が流れ着いた。村はずれに住む寡婦になったばかりの女が家へ連れ帰った。村の羊たちは持っていない角が生えているのが誇らしかった。赤ん坊が産まれた。全身真っ黒の子羊だった。村人は女の家を避けたが、子どもたちは黒い子羊を見たがった。思いがけず女は後半生、託児所の園長として生きることになった。字を読めるようになった子が得意げに音読してくれた。園長のお気に入りは偉人伝だった。ライト兄弟が空を飛んだのも、ガリレオが地動説を証明したのも“ある日”の訪れのおかげだった。それが彼女の心を躍らせた。

 テーマは「洋」より「羊」。まるで神話のように黒い羊と託児所の成り立ちが語られます。子どもではなくなる“ある日”というのが、いつしか死ぬ日と同義になっているように思えるのですが、園長にとっては大人になるのと死ぬことは同義だったのでしょうか。だとすると園長のお話のなかで、柵に挟まり溶けて絡まったり自分の角に首を絞められたりして死ぬ黒子羊の姿は、何と異様な成長した姿なのでしょうか。かつての子どもが成長して成功したミュージシャンとなっているJは、神話と現実を繋ぐ存在のようです。それを裏口のゴミ箱の上で聴く園長の姿は、さながら光と影のようでした。

 ペンネームの一部に「動物」が隠れた人気作家による、それぞれの動物をテーマとした異色の短編集。不吉とされる黒子羊を飼う、村で唯一の託児所(小川洋子「黒子羊はどこへ」)、牧場の経営者が亡くなった。犯人を推理するのは馬⁉(東川篤哉「馬の耳に殺人」)、高校の新聞部の友人と共に白いカラスの謎を探っていたはずが……(似鳥鶏「蹴る鶏の夏休み」)等、バラエティに富んだ五作を収録。『どうぶつたちの贈り物』を改題。(カバーあらすじ)

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*1 清水が従業員を殺したあと、死後硬直して足が曲がったままの死体を運ぶため、馬に乗せて移動させようとした。

*2 依頼人はアジア人だった

*3 叙述トリック

*4 兎料理

*5 =語り手

*6 自販機での買い物と、ヤクルトを顔にこぼした結果の『白いカラス』と、カラスVSピーちゃん

*7 逃亡中の凶悪犯

*8 

*9 


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