『さよならの手口』若竹七海(文春文庫)
文庫書き下ろしの葉村晶シリーズ第四作。
長谷川探偵事務所の閉鎖に伴い古本屋でアルバイトをしていた葉村は、故人の遺品の整理中、古くなっていた床板に開いた穴から落ちて怪我をしてしまう。あろうことか穴からは白骨死体が現れた。入院先の病院で所轄の渋沢刑事らから事情を聞かれた葉村は、事件の真相を言い当てる。
同室に入院していた芦原吹雪がそれを耳にして、二十年前に見合いに出かけたきり行方不明になった娘の志緒利を探してほしいと依頼した。
当時調査をした元警官の探偵・岩郷の調査報告を読み返し、芦原吹雪がかつての銀幕のスターであり、未婚だった吹雪の娘の父親を巡って大物政治家や大御所俳優の名が取り沙汰されていたことを知る。当時の話を聞こうとしたものの、その岩郷も姿を消していた。
シェアハウスに帰宅した葉村は、部屋に盗聴器が仕掛けられていたことに気づく。
志緒利と吹雪の交友関係を追っていた葉村は、志緒利が花嫁修業に通っていたシェフと関係を持っていた事実を知る。志緒利は失踪後も生きていた――。葉村は志緒利がシェフを連れ込んだというアパートを探す。どうやら吹雪のマネージャー山本博輝が関係しているらしい。
そのころ、古本屋の客でミステリの趣味が合うことから仲良くなった倉嶋舞美がシェアハウスに引っ越してきた。
ミステリで「さよならの手口」とくれば、当然「殺人の手口」ということになるのでしょうが、もちろん冒頭に引用されたチャンドラー「警官にさよならを言う方法は――」も響いています。実際、葉村は友人と呼べる人間との別れを経験しますが、そこはそれ、マーロウとは違い警官とさよなら出来ても葉村は一人ではありません。それがコージー要素もあるこの作品のいいところです。
メインとなるのは母娘の確執です。ハードボイルドに相応しい家庭の悲劇が演じられていました。また、往年の大女優とそれに入れあげるマネージャーという構図からは、コロンボ「忘れられたスター」やワイルダー『サンセット大通り』を連想します。母娘とマネージャー、三者が揃わなければ、あるいはもっと早くほころびが露わになっていたかもしれません。
そこに著者らしい本格ミステリ的な仕掛けがいくつも施されていました。末期癌治療による譫妄かと思われた出来事に現実的な解決をつけて、そこで事件の全貌を明らかにする手際は見事と言うほかありません【※志緒利がいるという吹雪の妄想は、吹雪を殺しにきた現実の志緒利の姿だった】。冒頭の殺人事件(のトリック)が伏線として機能していて、もう一つの【入れ替わり】トリックが終盤で明かされたのにも舌を巻きました【※志緒利が失踪後に暮らしていたアパート付近で起きた通り魔殺人の被害者は、山本の妹であり、以後志緒利が山本の妹として生きる】。
そこにもう一つの事件、舞美の裏カジノ疑惑が持ち上がります。友情と警官という意味で、チャンドラーはこちらにより響いています。概ね優秀な葉月ですが、大事なところで手痛い失敗をしてしまいます。舞美の事件では友情のせいで、そして芦原母娘の事件では同情によって、取るべき手段を見誤ってしまうのが、とても人間らしいところです。
そして最後の最後に、もう一つの家庭の悲劇が待ち受けていました。有能であるがゆえに気づいてしまうのも不幸ですが、これですべての謎は明らかになりました。
探偵を休業し、ミステリ専門店でバイト中の葉村晶は、古本引取りの際に白骨死体を発見して負傷。入院した病院で同室の元女優の芦原吹雪から、二十年前に家でした娘の安否についての調査を依頼される。かつて娘の行方を捜した探偵は失踪していた――。有能だが不運な女探偵・葉村晶が文庫書き下ろしで帰ってきた!(カバーあらすじ)
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