未訳&未発見作品掲載のクリスティ特集――ですが、どう考えても値段が高すぎ。これってクリスティの版権か何かが通常の作家の二倍近いってことでしょうか。恐ろしい。
「犬のボール――大英帝国四等勲士 アーサー・ヘイスティングズ大尉の手記より」アガサ・クリスティー/羽田詩津子訳(The Incident of the Dog's Ball (From the Notes of Captain Arthur Hastings O. B. E.),Agatha Christie)
――わたしは友人に視線を向けた。「何か興味深いものでも、ポアロ?」それは空想癖のある老婦人からの手紙で、犬のボール事件以来、不安がいや増している、と書かれてあった。「これが?」「きみは気づかずに読み飛ばしてしまったんです。日付ですよ、モナミ」「四月十二日」「四ヵ月前です。興味深いじゃありませんか?」
長篇『もの言えぬ証人』の原型。長篇は読んでいないので、どこが同じでどこが違うのかはわかりません。謎解きものとしてはかなり初級編ですが、四か月遅れて届けられた手紙、たった一つ現状を読み間違えたために狂った計画、など魅力的な要素もありました。なぜか二篇とも犬ミステリ。
「ケルベロスの捕獲」アガサ・クリスティー/山本やよい訳(The Capture of Cerberus (The Labours of Hercules XII),Agatha Christie)
――独裁者を暗殺したのは息子ではない……その人物はポアロにそう話した。
短篇集『ヘラクレスの冒険』収録作とは完全な別ヴァージョン。熱心なナチ党員の息子がヒトラーヘルツラインを殺すはずがない――カーにしてもクリスティにしても、人を引きつける謎を考え出すのがほんとうに上手いです。最後が平和のカリスマとか何とかすごいことになってしまっていますが。
「アルレッキーノの歌/ナイル河/愛とはなにか」アガサ・クリスティー/深町眞理子訳(Harlequin's Song/The Nile/What Is Love?,Agatha Christie)
――おいらは通る/どんなところも心のままだ/笑いながら、踊りながら/……
クリスティの詩。
『ホロー荘の殺人』アガサ・クリスティー/瀬戸川猛資訳・松坂晴恵補訳(The Hollow,Agatha Christie)
――一族が集まる屋敷で殺人が起きた……。
瀬戸川猛資訳による上演台本に数か所翻訳を補ったもののようです。瀬戸川猛資のコメントも掲載。だいたいそうですが、これも謎解きミステリというよりは、ロマンス小説の味が強い。実際には出てこない、台詞のなかでだけ語られるエインズウィックという場所が、ええと『桜の園』でもないし『嵐が丘』でもないし、うまい例が出てこないけど、良くも悪くも一人一人の心に引っかかっている場所として、読んでいてなぜか印象に残るのでした。
「こんなところにクリスティー」若竹七海/「クリスティーに観劇」新保博久/「ト書きはさいなむ」松坂晴恵/「クリスティーの知られざる後半生」数藤康雄
「『アガサ・クリスティーの翻訳ノート』ただいま翻訳中」羽田詩津子×山本やよい
「アガさん」腹肉ツヤ子
「私のアメリカ雑記帖(1) 『クォンタム・ファミリー』の地理学」小鷹信光
原爆と砂漠の話。偉いなァ――って言ったら失礼だけど、ちゃんと婿の作品も読むんですね。
「独楽日記(第28回)『物語』の終り」佐藤亜紀
前回の続きで「物語」の話。前回はゲームというモロにわかりやすい例でしたが、今回はテリー・ギリアムという曲者について。
「誰が少年探偵団を殺そうと。」20 千野帽子「ちょっと寄り道して国産SFの話。」
中島梓の評論が好意的に取り上げられているのは初めて見ました。「例によってSFムラ根性《スピリット》満開で参るには参るが」とは書かれていますが。
「虚実往還(8)」吉岡忍
今回取り上げられているのはヴィクトル・ペレーヴィン『眠れ―作品集「青い火影」』とニコライ・チェルヌィシェーフスキイ『何をなすべきか』。
「翻訳ミステリ応援団!(最終回)」田口俊樹×北上次郎×逢坂剛・三津田信三・若竹七海
「ミステリ・ヴォイス・UK」(第28回 クリスティー手控え帳)松下祥子
「書評など」
◆前々から何かと話題の『高慢と偏見とゾンビ』。パロディではなくマッシュアップなんだとか。関口苑生氏も取り上げています。ときどきひょこっと毛色の違う本を出すランダムハウス講談社からは、ジェラルディン・ブルックス『古書の来歴』。サラエボ・ハガダーを巡る物語。ほかにマイケル・シェイボン『シャーロック・ホームズ最後の解決』、円城塔『後藤さんのこと』など。『ドイツ幻想小説傑作選』は、サブタイトルが「ロマン派の森から」で、収録されているのはすべてメルヒェンでした。
「旅人本の虫レベ(28)」レベッカ・スーター
「顔のない女(4)キラー・ピエロ」高橋葉介
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『ミステリマガジン』2010年4月号
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