『死の第三ラウンド アイリッシュ短編集2』ウィリアム・アイリッシュ/田中小実昌・宇野利泰訳(創元推理文庫)★★★☆☆

「消えた花嫁」(All at Once, No Alice)★★★☆☆
 ――式がおわり、ぼくたちは公証人の家を出て車にのった。ぼくたちはホテルをさがしてあるいた。「部屋がほしいんだが」「あいにくお部屋はございません。ふだんはつかっていないちいさな部屋ならございますが……」アリスをそこに泊め、ぼくはYMCAの部屋をとった。翌朝、ホテルにもどり、アリスの部屋のドアをひらくと、ペンキ屋が壁をぬっていた。「部屋をまちがえたようだ」ぼくは受付けにもどった。「ミセズ・キャノンはどの部屋にうつったんだい?」「そのような方はご滞在ではございません」

 アイリッシュ得意の(?)「幻の女」ものですが、幻にする必然性があまりないうえに、金にものを言わせての口止めなのでは、あんまりです。刑事が信じるきっかけが、イニシャル入りハンカチというのも工夫がなさすぎます。せっかく「そこ」までしといて結局ふつうに殺す予定なのもわけわかりませんし。欠点はいくらでもあるんですが、それでもやっぱり、読むとはらはらしてしまうんですけどね。「ワイフ」とはまた古くさい訳だなあと思ったら、小実さんでしたか。
 

「墓とダイヤモンド」(One Night to Be Dead Sure of)★★★☆☆
 ――自分の棺は昔のエジプト人のように立てたままにしておき、ダイヤを棺のガラス窓のすぐ前におくこと。それがミス・ギャリティの遺言だった。ところが、その遺言がなぜか世間にもれてきた。その日の新聞を読みかえしたチックの顔を見れば、何かを企んでいることがわかっただろう。「こいつは、どうだ、エンジェル・フェース? ばあさんの死体のかわりに棺におさまって、宝石を手に入れようじゃないか」

 何か似たような実話でもあったのかなあ。死後も永遠に宝石を見つめられるようにしてほしいというお婆さんが、あまりにも強烈です。弁護士から言われるまでもないような結末なのですが、嘘くささすら吹き飛ばしてしまうほどのこの強烈さがあるからこそ、結末まで読ませるのは間違いありません。チンピラが主役なので、俗語がふんだんに使われていて、小実昌訳のよさが際立っていました。
 

「殺人物語」(Murder Story)★★★☆☆
 ――「被害者自身の手による殺人」ウィリアム・タッカー。真夜中すぎ、ドアをあけたクイラーの前に、ストリックランドが立っていた。クイラーを殺しにきたのだ。だが凶器はなに一つもっていなかった。もっていたのは二つの手だけだ。

 策を弄しすぎの犯罪計画。のわりには単純すぎるチョンボ。それでもアイリッシュ倒叙というのは珍しいので、そもそもどういう方向に転がっていく話なのかわからない楽しさはありました。そこここに見える作中の作家のこだわりが面白い。
 

「死の第三ラウンド」(Death in Round 3)★★★★☆
 ――「挑戦者のドナーのやつが裏切って、八百長をひっくり返すつもりらしい」トレーナーの言葉を聞いて、マネージャーは怒りをあらわにした。ゴングがなり、チャンピオンのオデアは二度ダウンし、やっと試合をつづけている。

 元ボクサーのなれの果てを語り手に、八百長ボクシングの世界が描かれている興味深い一篇です。いざ事件となれば非情な捜査マシンと化す刑事との友情もユーモラスに綴られています。
 

「検視」(Post Mortem)★★★★☆
 ――「ミセス・ミードですか? あなたが賭けていた馬が一着になったご感想を」「何のことでしょうか? きっと再婚する前の夫が死ぬ前にわたしの名前で買ったんでしょう」「では券のことは知らないんですね?」探してみた結果、当選券はどうやら前夫の遺体のポケットのなからしい。棺を発掘する許可を得ようとすると、夫のミードは縁起が悪いと執拗に反対した。

 死者が買っていた行方不明の宝くじという魅力的な発端から、一転して殺人疑惑が持ち上がったと思うと、そこから再び事件の様相が目まぐるしく変わり出す、ふしぎな作品です。奥さんが再婚していて、前夫の買ったくじが当たった、ということは、いったい発売から当選までどれだけの期間のあるくじなのかと、読んでいて不思議だったのですが、そんな妻のスピード再婚が事件発覚の遠因になっていたという伏線でもあったようです。そういうところも含めて、事件自体の真相はけっこうユーモアが漂っていました。
 

「チャーリーは今夜もいない」(Charlie Won't Be Home Tonight)★★★★☆
 ――「ちくしょう、またか!」タバコ売りばかりをねらう強盗事件が、これでもう十五回目だった。キーン警部は懐中電灯で床を照らしたが、タバコの吸殻がひとつ落ちていただけだった。「麻薬タバコだ」警察本部からかえってきた警部はすっかり疲れきって、自宅の前でポケットの鍵をさがした。だが、しばらくそのままの姿勢で床の上の物を見つめていた。タバコの吸殻があったのだ。マリワーナ特有のつんとするにおいがした。

 自分の息子が強盗犯なのかという疑いにさいなまれる警部を描いたサスペンス。息子の一人が警官になって殉死しているため、弟のチャーリーは警官になることを反対されていた――という伏線があるために、うすうす真相の見当はついてしまいますが、そんなことよりも、次々に「証拠」が明らかになり徐々に追いつめられてゆく警部の孤独な胸のうちが心に迫ります。ほとんどのタイトルはウールリッチではなく編集者がつけていたそうですが、それでもやっぱりいいタイトルです。
 

「街では殺人という」宇野利泰訳(Town Says Murder)★★★★☆
 ――新聞を読んでいた弁護士のピーター・フォードは、とつぜん身をよじった。「たいへんなことになったぞ」通話管に口をあて、「アプルトンという町までの切符をとってくれ」といった。秘書が新聞をとりあげてみると、小さな記事が目についた。ジャネット・ゴードン夫人は、殺人罪によって起訴され……。

 ウールリッチには珍しいように思うのですが、都会ではなく田舎が舞台で、しかも田舎の因襲が描かれている作品でした。それだけに、たった一人孤立して殺人容疑者にされてしまう都会者と、それを助けにおもむく主人公という構図が生きているわけですが。本書中では唯一ロマンチックなウールリッチ節の味わえる作品です。ある側から見るとAと見えていたものが、反対側から見るとまったく別の事実に見えるという点で、事件そのものも面白い作品です。時代がかったトリックも、主人公が裁判で容疑者の容疑を晴らすということを考えると、劇的で効果的なのだと思いました。タイトルは、「町ではみんな、あたしが殺したって言ってるの」という孤立したゴードン夫人の状況を表しています。印象に残った一言:「平手ではたくなど、女学生のすることだった。男に襲われたときの心得は、充分すぎるほど承知していた。」
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