『ばらばら死体の夜』桜庭一樹(集英社文庫)★★★★☆

 プロローグで、「愛し得ない」と思わせぶりに独り言ち、彼女に向かって蘊蓄を披露する。桜庭印と言えばそれまでですが、てっきり若い男だと思っていました。まさか四十代の大学教員だとは。

 こんなことからもわかるとおり、この大学教員(吉野解《さとる》)は、若いというよりは幼い人物として描かれています。

 ○○と見えたものが××だった。あるいは、若くも老いてもどうとでも読み取れる描写。ミステリにとっては当たり前のこうした記述ですが、主人公にとっては、「ばらばら」という表現ともども、何とも的を射た記述でもありました。

 白井沙漠。桜庭一樹の読者なら、これだけで不幸を予感させるに充分な、風変わりな名前です。レイプされることよりもマニキュアが剥がれてしまうことの方を気にしてしまうような、エルメスのバックルを見て襲撃者が金持だと判断して受け入れるような、不思議な乾いた魅力を持った人物です。

 けれどいちばん魅力的だったのは、解の大学の同期生で、解の妻由乃の友人である里子でした。まあ言ってみれば一般人、です。年相応に老けてしまい、想像を絶する貧乏に恐れに似た感情を抱き、そのことで後ろめたさを抱え続け、それでいてお嬢様である由乃とは長年上手く付き合っている――。結局、変な人よりは普通の人の方が魅力的に感じるものなのでしょう。

 それにしても――です。四章が終わり、その次の五章の冒頭で、「この世の最期に食べたいものは――?」と始めるのは、残酷というか悪趣味というか、著者の恐ろしさを感じました。

 カバーのあらすじでは消費者金融の恐ろしさを謳っていますが、それがテーマというわけではありません。

 神保町の古書店「泪亭」二階に住む謎の美女・白井沙漠。学生時代に同じ部屋に下宿していたことから彼女と知り合った翻訳家の解は、訝しく思いながらも何度も身体を重ねる。二人が共通して抱える「借金」という恐怖。破滅へのカウントダウンの中、彼らが辿り着いた場所とは――。「消費者金融」全盛の時代を生きる登場人物四人の視点から、お金に翻弄される人々の姿を緻密に描いたサスペンス。(カバーあらすじより)

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